「欧州における極右思想台頭の懸念」 海外安全センター・ブレティン 2015.7月号 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

「欧州における極右思想台頭の懸念」 海外安全センター・ブレティン 2015.7月号


昨今、企業の海外安全・危機管理担当者の最も大きな課題は、イスラム
原理主義過激派を中心とするテロ攻撃やテロ巻き込まれ事故をいかに
防ぐかということであろう。米国務省は6月19日に発表した「2014年テロ
年次報告」で、昨年のテロによる死者数は前年比81%増の32,727人、
人質となった人は3倍増の9,428人に上ったと明らかにした。
また、死者数はシリア、イラク、ナイジェリア、パキスタン、アフガニスタンの
5か国で全世界の78%を占め、過激派組織「イスラム国」(ISIL)、ボコ・ハラム、
アルカイダ、タリバンの4組織によるテロ行為が際立つ結果となった。

一方、中東や北アフリカから多くの難民が地中海を船で渡り、欧州に
押し寄せており、その数は今年の初めから6月9日までに10万3千人に
上ったと、国連難民高等弁務官事務所が明らかにした。老朽化した船の
転覆事故で亡くなる人も1,800人以上となり、欧州における大きな社会問題と
なっている。当初欧州諸国では、各国に難民受け入れを割当てるなどの
議論もあったが、5月12日にイタリアのANSA通信社が、「数週間以内に
ISILが難民船に紛れてイタリアに到着する」、とのリビア政府閣僚の発言を
伝えるなど、大量の難民がテロに結びつく懸念が広まっているようだ。

今年に入りフランスやデンマークで発生した一連の事件により、テロの脅威は
従来の中東・アフリカ地域に留まらず、欧州もまたテロ事件の舞台となり得る
ことが明らかになった。欧州では、自国で生まれ育ったホームグロウン・テロリスト
によるテロの脅威が叫ばれ、移民排斥の機運が盛り上がり、極右政党の台頭
などの現象を生んでいる。パリのシャルリー・エブド襲撃事件から既に3か月
経過した4月時点でも、ほぼ毎週、欧州各地で移民排斥集会が開催されていた。
こうした世相を背景に、3月22日にフランスで行われた県議会選挙第1回
投票では、極右政党の「国民戦線」が25.2%の得票率を獲得して第2位につけ、
大躍進となった。

移民排斥運動や極右政党の台頭が、直接日系企業のビジネスや日本人駐在者に
負の影響を及ぼすとは思わないが、社会に排他的ムードが蔓延する中で、
人種差別的な行為が表面化する恐れがある。筆者は、10数年前にイタリアの
とある街のバス停で路線バスを待っている最中、地元の高校生と思われる
グループから「中国人、中国人」と囃(はや)し立てられ、石を投げ付けられた
経験を持つが、相手国で受ける差別行為は逃げ場がない恐怖を感じるものである。

差別とは、相手に対する無知が生み出す未熟な思考・行為であるが、無知で
あるが故に理屈が通じない怖さがある。日頃から相手にこちらを理解して
もらう努力が必要であることは言うまでもないが、群集心理に支配されがちな
移民排斥集会の会場の近くを避ける、必要以上に目立たないなど、再度日常の
行動を見直す必要があろう。(了)