『K. -消えた娘を追って』  ベルナルド・クシンスキー | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会
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『K. -消えた娘を追って』  ベルナルド・クシンスキー

語り手はブラジルのユダヤ系ポーランド人系、ブラジル移住前に母国で反政府活動のために投獄された経験をもつ。サンパウロ大学の化学学部講師である娘がある時忽然と姿を消す。懸命にその行方を捜す父親は、娘に夫がおりともに消息を絶っていることを知る。ありとあらゆる伝手を辿って、何年もかけて娘を必死に捜すが情報も確たる手懸かりも得られない。どうも娘たちは反政府活動を行っていた左翼グループに属して、軍政の組織に拉致され秘密裏に殺され、遺体も証拠を残さぬよう始末されたらしい。

1964年のクーデターによって始まり、85年まで続いたブラジルの軍政期間中には、反政府的な動きを徹底的に弾圧し、酷い人権弾圧が行われたのだが、真相解明を求め苦悩する父親、同じような境遇にある行方不明者家族の訴え、娘やその夫の手紙、軍部側の動きや何らかの関係をもった人たちの証言により、次第に全貌が少しずつ判ってくる。

本書はあくまで小説だが、限りなくノンフィクションに近い。巻末に訳者によって、「K」が著者であり、失踪したのはその娘アナ・ホーザ・クシンスキー・シルバとその夫ウィルソンであって、彼らは拷問の後殺害され遺体は公安警察の手で焼却されたこと、国際的に政治犯釈放運動をしているアムネスティ・インターナショナルが彼らが拉致された1974年4月から3か月後には二人の救援のための緊急行動が開始されたこと、アムネスティ日本支部もそのニュースレター75年2月号でシルバ夫婦の釈放要求が飜訳・掲載され、さらに3月号で「行方不明のブラジル政治犯を探しだそう」と東京でのデモ行進を報じていること、反軍政運動には少なからぬ日系人活動家が参加し迫害されたこと、民政に換わった後に軍政の犠牲者が公になって記念碑が設置され公共施設名になってアナの名もサンパウロ市ジャルダン・トッカ区の通り名に付けられたことなどが紹介されており、本書の背景を理解するのを助けている。ブラジル軍事政権は、社会主義化を恐れる中産階級や資本家・外資の支持を受け、安定政権としてテクノクラートを起用して70年代「ブラジルの奇跡」を実現させた功績は大きいが、一方で政府批判を行う合法的な術は厳しく封じていたのである。

〔桜井 敏浩〕

(小高利根子訳 花伝社発行・共栄書房発行 2015年10月 234頁 1,700円+税 ISBN-978-4-7634-0740-5 )