『フリーダ・カーロ -悲劇と情熱に生きた芸術家の生涯』 | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会
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『フリーダ・カーロ -悲劇と情熱に生きた芸術家の生涯』

メキシコの女流画家フリーダ・カーロ(1907~54年)の病気、交通事故で身体に損傷を受け、夫の壁画画家ディエゴ・リベラの女性関係に悩まされた苛酷な生活の中で、多くの特異な自画像等を描いた生涯を平易に解説した児童向け図書。

出生から幼少時に小児麻痺で右足が不自由になり、18歳の時には乗っていたバスと路面電車の衝突で金属の手すりに串刺しにされるなど瀕死の重傷を負い、以後生涯にわたって何度も手術を受けるなど、肉体的に苦しい日常生活を余儀なくされた一方で、身動きできない時にベッドの天蓋に母がつけた鏡をみて自画像を描くことを始めたことから画才を発揮、以後自画像はじめ独自の画風で生涯数多くの絵画を制作した。

1929年22歳の時、私淑していた20世紀メキシコ美術界を代表する画家ディエゴ・リベラ43歳と結婚したが、度重なる流産と中絶、自分の妹まで愛人にするなど夫の奔放な女性関係、自身の画家イサム・ノグチやロシアからの亡命革命家レオン・トロツキーとの恋愛、それらの状況の中での精力的な画作は米国やパリでの個展の開催となり、パリ滞在中はパブロ・ピカソとも交流があった。しかし、その後もディエゴとは深く愛し合っていながら、改まらない夫の素行に堪えきれずついに39年に離婚したが、かつて自分の青壁の家に匿っていたトロツキーが暗殺され心身を病んだフリーダが米国サンフランシスコに治療に赴いた時に、当地で壁画制作に取り組んでいたディエゴと再会、二人は40年に再婚。しかし、フリーダの健康は徐々に悪化し、手術と薬、注射、コルセットの生活の中で必死に画を描き続け、1953年に画廊で自身による最後の回顧展を開き救急車でに乗って出席したものの、その後も体調は衰える一途でついに54年7月に永眠、ディエゴに葬儀・荼毘を見届けられて波瀾で奔放だったその人生を閉じた。

巻末に自画像的写真・美術作品を多く出し、美術についての著作も多い森村泰昌氏のフリーダについてのエッセイ、フリーダの年表、わが国で出た参考図書リストが付いている。                                        〔桜井 敏浩〕

(筑摩書房編集部 筑摩書房(ちくま評伝シリーズ<ポルトレ>) 2015年10月  172頁 1,200円+税 ISBN978-4-480-76640-3 )