『ハッパノミクス -麻薬カルテルの経済学』  トム・ウェインライト | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会
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『ハッパノミクス -麻薬カルテルの経済学』  トム・ウェインライト

 麻薬カルテルの悪行、関係国の社会はもちろん政治、経済への影響、その根強い組織力などを解説した刊行物は多く出ているが、本書は麻薬取り引きの現場まで取材して、それを執り行うカルテルを経済学・経営学の視点から解き明かそうとしたものである。
 生産者、原料から始まり末端の需要者に繋ぐまでのルートの間に介在する様々な麻薬カルテルの手法や組織の維持拡大策、それを取り締まり側から見ての対処策の要項を考察し、まずはコカインのサプライ・チェーン管理、独占・寡占の効用、カルテルを企業体において行われているカルテル間の競争・協力の得失、企業の従業員と同じく人材確保の問題、広報や麻薬王のCSR(企業の社会的責任)の巧みさ、低コストの地に生産等拠点を移すオフショア化やマクドナルド顔負けのフランチャイジー・システムを駆使していることを経営学の講義の如く解明している。
 米国の要請・支援で南米においてしばしば行われてきたコカ畑潰し等の対策が、生産から末端販売の間の価格へは影響しない、コカの葉の価格上昇は結局はカルテルへのダメージには至らないことを明らかにしている。また、脱法ドラッグによって麻薬取締法律の先を行く実態面でのイノベーション、闇サイトやネット・ショッピングを巧みに使った麻薬・ドラッグ販売のオンライン化、成長して投資への余剰金をもつ企業が目指す経営の多角化と同じように、カルテルがこれまでの麻薬密輸、強請(ゆすり)、誘拐、売春、自動車窃盗のみならず人間の密輸にまで絡み、米国への密入国の手引きなどにも収入源を拡大していることも注視すべきであるとしている。
 米欧などに根強い麻薬需要がある限り、生産地・経由地を叩くだけの対策の効果は限定的であり鼬(いたち)ごっこは果てしなく続くが、麻薬カルテルにとっての一番の脅威は習慣性・依存症がより少ない、量・質・イノベーションで上回る大麻の合法化ではないかと示唆し、これまでの麻薬対策の誤りを、①需要の抑制より供給面の取り締まりにこだわり過ぎていること、②長期的コスト(教育や予防、厚生プログラム等)より目先の経費節約(コカ畑破壊、麻薬犯罪者逮捕、刑務所経費等)を優先していること、③グローバル化したビジネスとなった麻薬組織に各国が国単位での対応をしていること、④麻薬の禁止とコントロールを混同していること;を挙げている。
 麻薬カルテルのしたたかな戦略、麻薬問題の根深さを、経済学・経営学という新たな視点から論理的に説いでおり、一読の価値がある。著者は、英国『エコノミスト』誌でメキシコ、中米、米国国境地帯を担当するレポーターを務めたエディター。
                                〔桜井 敏浩〕
 (千葉敏生訳 みすず書房 2017年12月 290頁 2,800円+税 ISBN978-4—622-08663-5)

 〔『ラテンアメリカ時報』2018年春号(No.1422)より〕