講演会報告「教皇フランシスコとラテンアメリカ」(2019.12.17開催) | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

講演会報告「教皇フランシスコとラテンアメリカ」(2019.12.17開催)


演題】「教皇フランシスコとラテンアメリカ」
【講演者】上野景文元駐バチカン大使
【日時】2019年12月17日(火)15:00~16:30
【場所】田中田村町ビル 5F 会議室
【参加者】32名

初の中南米出身のローマ教皇となった教皇フランシスコの来日(11月23〜26日)を記念し、元駐バチカン大使の上野景文氏をお招きしてお話をお伺いした。講演の内容は以下の通りです。

はじめに

先日教皇フランシスコが日本各地で執り行ったミサの参加者は4~6万人であったが、グアテマラでは35万人、リオデジャネイロでは80万人にも及び、その人気、熱狂ぶりは桁外れである。私自身は、日本人のメンタリティーを説明するのはアミニズム(Buddistic Sintoism)であると考えのもとにバチカンに赴任した。バチカンはかつて世界の英才が集結した、文化的刺激に富んだ土地であり、日本から見ただけでは分からない文明の景色(東西ヨーロッパ、イスラム)が見えてくるところである。

教皇フランシスコとラ米のカトリック勢力

 元々、教皇フランシスコ(ベルゴリオ)はペロニスタ(ペロン党支持者)であった。ブエノスアイレスのフローレスという、イタリア系移民やスペイン、アルメニア出身者が多い、多文化・多宗教の地域の出身であり、子供の頃はやんちゃであったという話が伝わっている。当時はマルクス主義もアングロサクソン的考えも否定して第三の道を求めるペロニズムが一世を風靡し、若き日のベルゴリオもカトリックとペロニズムに傾倒した。イタリアファシズムからカトリックを守る運動をしていた祖母ロサや貧しく疎外された人に寄り添うパテストリーノ女史の影響を多く受けている。76~83年の軍事政権時代には左派の政治活動とは距離を置いたが、軍部から迫害された司祭を助けるなどした。神学校の校長時代に、謙遜、禁欲、質素、そして何より「言葉より行動を重視」という信念を確立していった。
 ラテンアメリカは世界最大のカトリック大陸であり、その数は4.9億人で、世界のカトリック教徒の4割を占めている(欧州は2.8億人)。100年前は24%であったが、現在はラ米と欧州の比率が逆転しており、カトリックは今やラ米を含む南にシフトしている。近年の傾向としてはプロテスタント増加がみられるが、パラグアイ、メキシコなどのカトリックが強い国、ブラジル、中米などのプロテスタントが増えた国、ウルグアイなどの世俗化が進んだ国の3つに分けられる。南米のカトリックは世俗的であるのに対し、中米は保守的である。

バチカンとラテンアメリカ

バチカンは今までラテンアメリカを冷遇してきた。副教皇ともいえる枢機卿の出身地は2013年では欧州61人(52%)に対し、ラ米はたったの21人(18%)である。ラテンアメリカでのカトリック教会を知る上では3つの補助線があると考えている。一つは国家による協会の封じ込め。植民地時代には教会と政府は手を携えていたが、1920年頃を境にヨーロッパのリベラル思想が受け入れられ、教会が抑え込まれた。それに保守派が反発し、両者の攻防が続くという大まかな流れがラテンアメリカに存在した。二つ目はイエズス会の存在。パラグアイ、ボリビア、アルゼンチン、ブラジルの村落で布教を続け自治的な共同体を作り、先住民の奴隷化を図ろうとする人々に対する防波堤の役割を果たした。教皇フランシスコもそのDNAを受け継ぐ人物である。三つ目は解放の神学である。「貧しい人のための優先的選択」を唱えるが、中にはマルクス主義運動に走る者もおり、バチカンからの抑え込みがあったため、解放の神学という言葉は用いられなくなったものの、2010年のベルゴリオ発言にもみられる通り、その精神は今も健在である。

教皇フランシスコの「異例」性と文明的、歴史的挑戦

教皇フランシスコは、非西欧出身で南米初の教皇であること、イエズス会からは初めての選出であること、キリストの再来とも言われた伊アッシジの聖フランチェスコを師と仰ぎ、この名を名乗ることの3点において異例であり、非バチカン的であると言える。それに加え、自身による分かりやすい言葉で語る才能を持つ人物である。バチカンの方向性を変えるべく、① 今までの排除を撤廃し貧しい人を包摂、② 脱「欧州中心主義」、③ 脱バチカン中心主義で各地域の独自性重視 という3つの挑戦を行っている。実際には、環境問題は北中心の経済や貧困の問題と共に解決すべきという内容の回勅、離婚者、LGBTへの非差別の呼びかけ、先住民との交わり、受刑者の激励、枢機卿批判(反エリート主義)という形で現れ、外遊も南を重視(前任は8年間一度もアジアを訪問していない)で、人事も欧州出身の枢機卿の割合を減らしている。これらに対しては守旧派による反発が生まれている。

教皇の来日

日本政府は、スーパー外交官としてカトリックの枠を超え、世界的問題を発信する教皇との関係を強化することは理にかなうと判断し、一方、教皇は核廃絶へのこだわり、「南」へのシフト、かつて日本での布教を希望していた思い入れがあり、今回の訪日が実現した。
訪日の成果、意義としては、まず被爆地を訪問したこと、また核廃絶への強い思いをはじめ、環境問題その他へのメッセージを残したことであろう。今回の訪日はマスコミ等でも大きく取り上げられ、日本人にとっても教皇が身近になり、訪日は概して成功であったと言える。教皇は今後は中国・インドとの関係改善を目指す意向である。

質疑応答

天皇陛下のバチカン訪問の可能性、カトリックの対プロテスタントへの対話について、今回の訪日で教皇より日本人の精神性に訴えるメッセージはあったか、という質問が参加者よりなされた。

会場の様子

講演会配布資料(会員限定)

講演会資料 「教皇フランシスコとラテンアメリカ」(2019.12.17開催)

「教皇フランシスコとラテンアメリカ」教皇フランシスコとラ米 / 教皇来日を振り返りつつ(2019.12.17開催)