内山 直子(東京外国語大学 准教授)
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シェインバウム大統領の素顔と直面する課題 内山 直子(東京外国語大学 准教授)
はじめに
2024 年10 月1 日、クラウディア・シェインバウム氏がメキシコ初の女性大統領に就任した。シェインバウム大統領は、去る6 月2 日の大統領選挙において、国家再生運動(Morena)候補として59%の得票率で、野党連合による対立候補ソチル・ガルベス氏を2 倍以上の得票差で引き離し、圧勝したのであった。アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(以下、AMLO)前大統領からの後継指名を受け、選挙期間中から一貫して、AMLO 前大統領の成果を強調し、その政策を引き継ぐことを公約に掲げることで国民から広く支持を集めることに成功した。同時に行われた議会選挙においても、Morena を中心とする与党連合が下院で特別多数(3 分の2 以上の議席)を確保し、上院でも特別多数まであと1 議席と迫ったことで、Morena の一党支配の確立と既存野党勢力の衰退が決定的となった。
一方で、11 月5 日に行われた米国大統領選挙においてはトランプ前大統領の再選が決まり、当選するや否や、関税引き上げを武器にメキシコに圧力をかける発言が連日メディアで報道され、関係者の不安が高まっているのは周知の事実である。このような対外関係と比較すれば、国内については6 月の選挙結果を受け、新政権の船出は極めて順風満帆に見える。しかし、内情をつぶさに観察すれば、決して楽観できそうにはない。本稿では、シェインバウム新大統領の素顔とAMLO 前政権から引き継いだ課題に焦点を当て、新政権の今後を占ってみたい。
シェインバウム大統領の素顔
シェインバウム大統領は1962 年メキシコシティ生まれで現在62 歳である。祖父母がユダヤ系移民であり、同国初のユダヤ系大統領でもある。両親はともに理系研究者であるとともに、1968 年の学生デモを支援するなど、左派政治とつながりが深かったという。彼女もそういった両親の影響を受け、メキシコ国立自治大学(UNAM)在学中(物理学を専攻)から学生運動に関わっていた。1987 年に学生運動仲間で社会学者のカルロス・イマス氏と結婚する(2016 年に離婚)。1988 年に夫婦で当時クアウテモク・カルデナスが率いていた民主革命党(PRD)に入党した。その後、1990 年代前半に夫婦で米国カリフォルニアに留学し、1995 年に博士号を取得した。2000 年に当時PRD 党首であったAMLO 前大統領がメキシコ市長に就任すると、彼女は35 歳にして同市の環境長官に抜擢された。2011 年のMorena 立ち上げ(政党登録は2014 年)に参画し、側近の一人としてAMLO前大統領を支え続けてきたことから、AMLO 前大統領の「弟子」「娘」などとも称される。2018 年にMorenaから立候補し、メキシコ市長に当選した。2023 年には、UNAM の同級生でメキシコ中央銀行の金融アナリストであるヘスス・マリア・タリバ氏と再婚した。圧倒的なカリスマ性で物事を押し進めてきたAMLO 前大統領とは異なり、彼女自身は対話を重んじる姿勢をアピールしている上、周囲からは「仕事熱心、気さく、論理的、完璧主義」といった評判も得ている。
前述のように、AMLO 前政権の政策を引き継ぐことを公約に当選したシェインバウム大統領であるが、閣僚人事をみると彼女独自のバランス感覚を垣間見ることができそうである。まず、大統領選挙におけるMorena 公認候補を争った前政権の外務大臣マルセロ・エブラルド氏を経済大臣の要職に指名している。これは、Morena党内の融和とともに、2026 年に期限を迎える米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の再交渉をにらみ、前政権時代に第1 次トランプ政権との交渉経験をもつ同氏を選んだことは疑いの余地がない。また、外務大臣にはUNAM 学長経験者(1999 〜2007 年)であり、前政権下で国連大使であったフアン・ラモン・デ・ラ・フエンテ氏、環境大臣には、前国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(CEPAL)事務局長で、前政権下でエブラルド氏後任の外務大臣であったアリシア・バルセナ氏を指名している。一方、財務公債大臣のロヘリオ・ラミレス・デラオ氏は続投となり、前政権の下で国税庁(SAT)長官や経済大臣を歴任し、AMLO 前大統領の政策を最も忠実に遂行した閣僚とも評されるラケル・ブエン