ロメロ・イサミ(帯広畜産大学 准教授)
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シェインバウム政権の外交 ロメロ・イサミ(帯広畜産大学 准教授)
2024 年10 月1 日、クラウディア・シェインバウムがメキシコ史上初の女性大統領として就任した。科学者としての経歴を持つシェインバウムは、ロペス・オブラドール(AMLO)前政権(2018 〜2024 年)が推進した貧困対策、地域開発、インフラ整備を継続しつつ、左派与党である国家再生運動(MORENA)の政治基盤をさらに強化することが期待されている。同時に、シェインバウム自身の独自の政治的ビジョンを示すことも求められている。
外交政策においては複雑な課題に直面している。その中でも特に重要なのは、AMLO 政権下で低下したとされるメキシコの国際的リーダシップの回復と、2025 年1 月に予定されているドナルド・トランプの次期米大統領としての復帰への対応である。本稿では、1910 年のメキシコ革命以降の外交政策における歴史的背景を概観するとともに、AMLO 政権における外交上の成果と課題を検証し、シェインバウム政権が直面する主要な外交課題を論じる。
メキシコ外交の特徴
長年にわたり、メキシコ外交はその「例外的」な性格から注目を集めてきた。他のラテンアメリカ諸国とは異なり、メキシコは冷戦期において米国の影響力に対し「自律的」な姿勢を維持し、ときには平和推進における重要なアクターとして際立っていた。この「自律性」の象徴的な例として、メキシコがキューバ革命政権との国交断絶を拒否し、米国による経済封鎖を非難したことが挙げられる。
この独自の位置づけは、メキシコ革命後に発足した「革命党政権」が策定した外交ドクトリンによって促進された。これらの外交原則は、平和的外交政策を正当化し、米国からの圧力を相対的に抑制すると同時に、メキシコ国家の国際的行動を自国民に対して正当化する役割を果たした。1988 年には、これらの原則がメキシコ合衆国憲法第89 条の第10 項に組み込まれた。同条項は、メキシコ大統領の権限と義務の1 つとして、民族の自決、不干渉、紛争の平和的解決、国際関係における武力行使の禁止、国家の法的平等、開発のための国際協力、国際平和と安全のための取り組みなどの基本的規範原則に従って外交政策を遂行することを規定している。
しかし、この外交政策の「例外性」は、メキシコ革命のイデオロギーの産物であるだけでなく、第二次世界大戦後に確立された米国との「特別な関係」からも影響を受けていた。この非公式同盟の下で、米国はメキシコに経済援助を与え、米国市場を開放した。一方で、米国の対外政策がメキシコ国内世論の反米感情を刺激した場合には、「革命党政権」が自主的な外交路線を展開することをワシントンは容認した。その代わり、「革命党政権」は国内安定維持と墨米国境の安全確保、ソ連のスパイ活動の監視、国内の共産主義者に関する情報提供といった義務を負った。
このように、メキシコ革命後のメキシコの外交は支配エリートによる合理的な計算に基づいて構築されたものであり、彼らは国益を国際政治の力学や米国への地理的近接性と現実的に結びつけて考慮していた。この論理に基づき、メキシコは国内の政治体制や近隣地域(中米カリブ)に直接影響を与える問題については不同意を示す一方、それ以外の領域では米国の対外政策に同調する傾向を見せた。
換言すれば、積極的な関与は限定的であった。ただし、この政策を単に「消極性」や「孤立主義」によって特徴付けるのも還元主義的である。実際、メキシコは「北方の巨人」との対立を避けるために慎重な態度を維持しつつも、戦略的中立性と自決の理念を活用し、特に冷戦期には国際舞台で自律性と正当性のイメージを発信することに成功した。この枠組みの中で、メキシコは不干渉や紛争の平和的解決といった原則を推進し、外交的アイデンティティを強化し、外部からの圧力に直面しても主権を守り抜くことができた。