白方 信行(在ベリーズ大使)
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政治的に安定した多民族国家 ベリーズ 白方 信行(在ベリーズ大使)
「中米」と「カリブ」の国
ベリーズは、北部はメキシコ、西部と南部はグアテマラと国境を接しており、中米にあってカリブ海に面する旧英領の国家である。そう中米なのである。車のナンバープレートには、「BELIZE C.A. (Central America)」と記されている。地理的に微妙な位置にあり、かつ後に見る人種構成を背景にして1981年の独立前から、指導者層の間では中米諸国に近寄るのか、カリブ諸国に近寄るのかの対立があったが、現在ではCARICOM(カリブ共同体)とSICA(中米統合機構)の双方に属する唯一の国である。
「食」でもメキシコ・中米のタマルも、エルサルバドルのププサも食し、カリブのライス・アンド・ビーンズも食する、まさに中米とカリブの食文化が融合された国である。四国地方よりやや大きい国土に人口は約40万人。都市国家及び島嶼国家を除いて世界で最も人口の少ない国である。そして熱帯のジャングルや湿地が広がり、最大の都市ベリーズ市でも人口6万人、首都のベルモパンは2万人にすぎず、この人口規模がプラス面でもマイナス面でもベリーズを特徴づける大きな要因になっている。
多民族国家
ベリーズは人口は少ないが多民族国家である。元々居住していたマヤ系、英国人に連れて来られた奴隷の子孫であるアフリカ系(ベリーズ・クレオール)、ごく少数の英国系、植民地時代のメキシコでのスペイン人と先住民の争いであるカスタ戦争を逃れてきたメキシコ系及びマヤ系、グアテマラでの迫害を逃れてきたマヤ系、セントビンセント、ホンジュラスを経て17世紀に現在のベリーズにたどりついたアフリカ系奴隷とセントビンセントの先住民の血を引くガリフナ系などが暮らす。これらの住民に加え、20世紀前半からのパレスチナ・レバノン系、17世紀のドイツからロシア、カナダ、メキシコを経て移民してきたメノナイト系、1970年代にエルサルバドル内戦や近年マラスの暴力から逃れてきたエルサルバドル系、ホンジュラス系のほか、中華系、インド系などが暮らしている。独立当初はアフリカ系が最大グループであったが、移民を積極的に受け入れてきたこともあり、現在は中米・メキシコにルーツを持つメスティーソ系が最大グループとなっている。
公用語は英語であるが、話者ではスペイン語人口の方が多く、ベリーズ・クレオール語、マヤの言語を話す住民も多い。また、中華系の移民は、大陸からの人々が広東語、台湾からの人々が北京語(マンダリン)を話す。国民の多くは、二つ以上の言語を話す。各国民がどの言語を話すかは、所属するエスニックグループに影響されることも多いが、執筆者が多くの国民と話してみた経験によると、究極的には、各個人の育った環境による。先祖がメキシコ・中米系でも、英語しか話さないグループもあり、特にベリーズで教育を受けた若者世代では顕著である。逆にアフリカ系でもスペイン語話者の多い北部に住む人々はその必要性からスペイン語も話す。
主要新聞は英語版であるが、社説のみスペイン語でも掲載している。唯一の全国ネットのラジオ局「Love FM」は英語放送だが、スペイン語局「Amor Estereo」も所有している。二つの全国放送のテレビは英語放送だけだが、ニュースでのスペイン語話者へのインタビューはスペイン語でそのまま行われ英語字幕が出る。クレオール語の場合も同様である。またメノナイト向けにドイツ語の方言で放送を行うラジオ局もある。
特筆すべきは、各社とも多くても数人の記者で媒体を超えて特ダネ競争を繰り広げ、政府批判につながる調査報道も多く、政府要人と記者の激しいやりとりがテレビでそのまま放送されることも多い点である。このマスコミと政府の緊張関係のある健全な関係がベリーズの民主主義を育ててきた一つの重要な要素であると執筆者は考える。