『ホセ・ムヒカ -世界でいちばん貧しい大統領』、 『世界でもっとも貧しい大統領ホセ・ムヒカの言葉』 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

『ホセ・ムヒカ -世界でいちばん貧しい大統領』、 『世界でもっとも貧しい大統領ホセ・ムヒカの言葉』


絵本『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』(汐文社 2014年3月 https://latin-america.jp/archives/8374  )で、2012年のリオデジャネイロでの国際環境会合でのスピーチが紹介されて、「貧しいとは少ししか持っていないことではなく、限りなく多くを必要とし、もっと欲しがることである」という古人の言を引用するなどして、評判になったスピーチ以来、日本でもムヒカ前ウルグアイ大統領の言葉はじわじわと知られるようになってきた。さらに同じ出版社から、『世界でいちばん貧しい大統領からきみへ』(くさばよしみ 汐文社 2015年10月  https://latin-america.jp/archives/18442  )が発行され、続いて上記掲題の出版も行われて、ムヒカのシンプルながら示唆に富むことば以上に、大統領や国会議員としての報酬の大部分を寄付にまわし、自身は首都郊外の小さな家で質素に暮らしているその生活スタイル-すなわち“世界で最も貧しい大統領”という言葉が喧伝され、知られるようになってきた。2016年5月に出版社の招待でムヒカ夫妻が日本に招かれ、広島、京都、大阪、東京などを訪れた際には、TV等メディアは競ってその場その場での発言を紹介したものである。

掲題書のうち、前書『ホセ・ムヒカ-世界でいちばん貧しい大統領』(アンドレ・ダンサ、エルネスト・トゥルボヴィッツ 大橋美帆訳 KADOKAWA 2016年3月 331頁 760円+税 ISBN978-4-04-104327-1 )はウルグアイのジャーナリストが長い取材を基に、大統領立候補のいきさつと大統領選挙、大統領時代の政策実行やそのための折衝の事例を豊富に挙げつつムヒカその人を紹介している。

 後書『世界でもっとも貧しい大統領ホセ・ムヒカの言葉』(佐藤 美由紀 双葉社 2015年7月 111頁 1,000円+税 ISBN978-4-575-30904-1)は、その生き様や哲学に強く惹かれたフリーライターが「質素の哲学」「理想への闘い」「指導者の言葉」に分けて引用し、それぞれに状況説明を加えたものである。

ただ、ここに挙げたムヒカ本すべてに共通しているのは、彼が大統領になる遙か前の青年時代に非合法政治組織「トゥパマロス」のゲリラ闘士として凄惨な抵抗運動を闘い抜き、その後政界に入りした元ゲリラ戦士として、ラテンアメリカではキューバのラウル・カストロ、ニカラグアのダニエル・オルテガに続く3人目の元首・大統領になるに至ったということのウルグアイ現代史における軌跡、大統領であった時代の政策とその成果については、まったく論評を加えておらず、彼がぽつりぽつり言った美しい言葉に魅了され、決して貧しい国ではないウルグアイのでその質素な生活スタイル(夫人も国会議員であってそれなりの報酬があり、かなりの広さの土地を所有していて、本当に貧しい訳ではない)を「世界でもっとも貧しい大統領」という決まり文句で礼賛していることである。

確かに、彼の言葉には国際外交や政治、人生のあり方についての理想的な哲学が感じられる蘊蓄ある言葉が多く、惹かれる部分が少なくないが、政治家であるからには、大統領としてその目指す方向、理想を現実の政治でどのように実現してきたかまで見ないのは片手落ちというものだろう。厳しい政治闘争を経て大統領という行政のトップに立ち(任期中は偶々の資源価格上昇期に恵まれて経済は順調だったが、見るべき業績としては大麻と同性婚、妊娠中絶の合法化だけだったという手厳しい見方もない訳ではない)、今なお国会議員として政界に重きをなすムヒカ前大統領の、その言葉やライフスタイルだけを一人歩きさせ賛美するのはあまりに一面的であり、紹介者個人としてはラテンアメリカ、ウルグアイの理解にはつながらないのではとの懸念が拭い去れない。

〔桜井 敏浩〕