『水を得た魚 マリオ・バルガス・ジョサ自伝』 | 一般社団法人 ラテンアメリカ協会
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『水を得た魚 マリオ・バルガス・ジョサ自伝』

いまや「ノーベル文学賞受賞者」(2010 年)という賛辞が付いてまわるバルガス・ジョサの、両親の出会いから始まる出生、幼少期と、1990 年のペルー大統領選挙に立候補して圧倒的優位が伝えられながら決選投票で無名の日系人アルベルト・フジモリに惨敗するまでの回想録に、フジモリ政権発足後の92 年のフジモリ大統領による“自主クーデター”についての所見を述べた追記が付されている。

すでに作家として世界的に名声を確立していたが、独裁政権下のペルーを描いた『ラ・カテドラルの対話』、軍事政権の腐敗体質を風刺した『パンタレオン大尉と女たち』などから政治を絡ませた小説を出し、74 年に欧州からペルーに戻って政治問題に積極的に発言してきた彼が、87 年のアラン・ガルシアAPLA 党政権が行った銀行国有化に反対する運動の先頭に立ち、これが90 年の大統領選挙立候補に繋がったのだが、本書は奇数章は幼少時代から作家として踏み出すまでを、偶数章では3 年間の大統領選挙戦の推移を追想していて、当時バルガス・ジョサが何を考え、活動したか、周囲がどのように動き、社会情勢がどのように変わっていったかをリアルに詳しく知ることが出来る。例えば第20 章でフジモリの台頭にともなって過激になった日系人への嫌がらせを批判し、第一次投票の翌日フジモリに面会を求め、市内でひそかに二人だけでフジモリが決選投票に勝つためにAPLA や左翼と手を握ることにならぬよう、決選投票の棄権を打ち合わせたことなども述べているが、自由主義への一途な信念、お人好しといわれても仕方ない性格、貧困層に好意を抱かず目を向けない姿が見えてきて、大統領選挙は負けるべくして敗れた、彼は大統領にならなくてよかったとも感じさせる自伝である。
                    〔桜井 敏浩〕

(マリオ・バルガス・ジョサ 寺尾隆吉訳 水声社 2016 年3 月 505 頁 4,000 円+税 ISBN978-4-8010-0156-5 )

〔『ラテンアメリカ時報』2016年夏号(No.1415)より〕