『ブエノスアイレス食堂』 カルロス・バルマセーダ - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

『ブエノスアイレス食堂』 カルロス・バルマセーダ


ブエノスアイレス南西約400kmの海岸保養地マル・デル・プラタ1954年生まれのアルゼンチンの作家による怪奇的な小説。1911年に移民兄弟によって建てられ開業し、いつの時代も多くの美食を求める客達から愛されたマル・デル・プラタの「ブエノスアイレス食堂」の、85年にわたる所有者とシェフに織りなされた波乱の物語。

最初のオーナーシェフの双子の兄弟は数々の名料理を編み出し、そのレシピをイラスト付き300頁ほどの手書きで書かれた「南海の料理指南書」を纏める。店は直接の相続人を遺さず死んだ双子の兄弟の遠縁のイタリア人夫婦に引き継がれ、その後代々のオーナーシェフがこの指南書を一子相伝で伝える。ペロン独裁政権、軍事政権下での左右の衝突で翻弄され、時には政治的立場を理由に店主が殺されたり、店を放火されたりするが、指南書の存在もあってレストランの料理はいつの時代も多くの美食家に支持され続ける。

1979年、自殺した名シェフの生後7ヶ月の孫セサルが、店主を警察によって殺され閉鎖された店の2階の居室で、誰も居ない母の遺体を食べて生き残っているのが発見される。叔父夫婦に引き取られて成長したセサルは指南書を読み、1995年、17歳で再開された店の厨房に入る。叔父が雇い入れた料理長と次第に料理メニューの主導権争いが生じ、二人の対立が表面化した時、ついにセサルは料理長を殺し、その遺体を料理人ならではのやり方、食材にしてしまうことで痕跡を消してしまう。母の躯を食して生き延びたセサルは、その後叔母との不倫現場に踏み込んで叔母に刺殺された叔父を、料理長の失踪に疑問を持った警部を、さらには叔母を次々に殺して、その遺体を….。そして最後には自らの躯をも料理して…という、レストラン「ブエノスアイレス食堂」の盛衰とそのオーナー、代々の料理長の家族史を交差させる、ラテンアメリカ文学の現在と過去を行き来して展開する手法で、この暗黒小説と呼ばれる物語は、最後まで読む者の息を呑ませる。

原題は“Manual Del Canibal”(iはアセント付き)。

(柳原孝敦訳白水社2011年10月227頁2200円+税)