『カリブ海のドン・キホーテ フィデル・カストロ伝』 三浦 伸昭 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

『カリブ海のドン・キホーテ フィデル・カストロ伝』  三浦 伸昭


著者は公認会計士業務の傍ら世界史の発掘に情熱をもって取り組んでおり、これまでも『アタチュルクあるいは灰色の狼』(同社刊)というトルコ近代史の挿話などを執筆している。本書も日本で出版されたフィデル・カストロやチェ・ゲバラに関する多くの本などを読みこなして、書き下ろしたフィデル・カストロの伝記とキューバ現代史である。

81人の革命同志とともに1956年11月、嵐の中メキシコからのキューバへ向け出発するところから始まる。キューバ上陸時の戦闘で生き残った16名はシエラ・マエストラ山系に立て籠もり、バチスタ独裁政権軍と対峙し、次第に勢力を拡大してついに1959年1月1日に至りバチスタ大統領を国外亡命に至らしめ、ここにキューバ革命が成る。

革命政権の成立、カストロ兄弟の実家の土地接収も行った農地改革、米国企業やマフィアの資産国有化による米国との対立、コチノス(=ピッグス湾)への亡命キューバ人部隊の侵攻やフィデル暗殺の試みなどの米国の露骨かつ執拗な攻撃と経済制裁による敵視、対するに当時の冷戦下にあってソビエト連邦からの援助引き出しと共産主義への迎合、1962年の米国のケネディ大統領とソ連のフルシチョフ首相時に世界核戦争の一歩手前までいった中距離ミサイルのキューバ搬入をめぐる“キューバ危機”、ゲバラの世界革命思想の実践としてのコンゴ、後にボリビアでのゲリラ戦開始そしてその死、キューバの社会主義体制の強化で1980年には12万余の大量亡命者が祖国を捨てる。やがて、東欧でのソ連支配体制からの解放、ソ連自身の崩壊による冷戦終結によるソ連・東欧からの援助の激減と米国の経済封鎖の強化によって、1992年から94年にはキューバ国民はあらゆる生活物資に困窮し、さらに大量の国外亡命者を出すが、自活の工夫でキューバ革命はしぶとく乗り越える。その後も米国は世界的な新自由主義の強制により、手を変え品を変えてキューバ敵視政策を続け、キューバ自身も観光による外貨獲得と個人営業やドル保有の許容など貧富の格差が生じるリスクを抱えるが、米国がイランと対峙し、2001年9月11日の同時多発テロを契機にイラク、アフガニスタンへの軍事介入、2008年のサブプライム・ローンの破綻による世界金融バブルの破綻など、米国自身もダメージが深くなってきた。2008年にはフィデルはすべての公職を引退し、弟ラウル等による集団指導体制に移行するが、国民のフィデルへの敬愛は変わらず、2009年には革命50周年を迎えている。

この間のキューバを取り巻く政治、経済、外交の荒波の中にあってのフィデルの心情、思想から家族関係、革命同志との絆、国民のフィデルへの信頼感と、米国の執拗な小国キューバへの敵視政策継続の背景などを、著者なりの解釈と想像で克明に描写しており、フィデル・カストロのこれまでの生き様とキューバ革命、その後のキューバ情勢を題材にしたノンフィクション小説で実に面白く読ませる。

〔桜井 敏浩〕

(文芸社 2010年11月 533頁 1,600円+税)