『語り−移動の近代を生きる あるアルゼンチン移民の肖像』 辻本 昌弘 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

『語り−移動の近代を生きる あるアルゼンチン移民の肖像』  辻本 昌弘 


戦前に沖縄で生まれ、十代まで本土で過ごし、その後アルゼンチンへ渡った崎原朝一の半生の生活史と精神の軌跡を、近代という歴史の背景、一移民の人生遍歴、彼の一族の来歴を記録したものである。

明治時代に断行された琉球処分による琉球王国解体の前後から、朝一の祖父の時代にまで一族の人々の歴史を描き、太平洋戦争前後の沖縄住民の困苦、本土への疎開、一家の借金返済のために1938年前後にアルゼンチンにデカセギに出た父朝敬の呼び寄せで、戦後1951年に朝一は母と弟とともにケープタウン回りのオランダ船でアルゼンチンに赴く。洗濯屋で働いていた父は依然貧しく、アルゼンチンに到着したばかりの息子、朝一の弟を急病で失なったが、家族が来たことで念願の独立を果たす。朝一は野球チームに加わり邦字紙に俳句の投稿を行うが、商業学校はスペイン語力不足で中退し、、洗濯屋として死に物狂いで働き、故郷沖縄から妻美智子を迎えて、家業を担うようになる。しかし、1970年代の第二次ペロン政権の崩壊後から80年代に至る政治・経済の混乱し、洗濯屋の経営も難しくなったため、朝一は88年に日本に出稼ぎにでて工場で働く。90年に戻って1年ほど洗濯屋をした後、「らぷらた報知」の記者に転じて現在に至るまで活動し、近年はアルゼンチン日本人移民史の編纂の重責を担っている。

本書は、格別な志を立てて移住した訳でもなく、事業等で成功したともいい難い朝一という一日本人アルゼンチン移民の私的体験と人生遍歴、沖縄出身の朝一の一族の来歴を、著者が2010年から11年にかけて行ったインタビューを基に参考文献などで加筆した物で、淡々と綴ったもので、体系だった移民史ではない、一人の男の生活史である。

〔桜井 敏浩〕

(新曜社 2013年9月 222頁 2600円+税)