ブルガリア出身でフランスに帰化した文芸評論家が、スペインのアステカ・マヤの征服史を記号学から分析したもの。「他者」は、本書ではスペインに代表される当時の欧州の文化に対する先住民のインディオを指しており、欧州の近代化が始まろうとした時に、他者との関係がどのように変遷していったかを見ることによって、世界を完結的で自己充足的な統一体というギリシャ哲学以来の欧州思想の限界を、アステカ征服史を通じて示している。
コロン(コロンブス)の“発見”とコルテスの征服は、そもそもはラテン語圏文化以外の言語、文化、主体性をもつ「他者」を認識していなかったことが、その後の略奪、植民地主義、奴隷制に繋がった。コルテスが黄金収奪よりもマリンチェを使って情報収集を重んじてインディオをより知ろうと努めていたこと、一般的に使われる文字を持たなかったアステカ人に対してスペイン人のコミュニケーション能力の差が強さの源泉の一つであったこと、年代記作者(クロニスタ)のサアグンが情報提供者たるインディオの声とスペイン人作者である自身の双方の声を対他関係という視点から見ようとしていたこと、平等の中で差異のある他者を認知しようとしたラス・カサスも、はじめは兵士ではなく修道士と農業移民による非暴力の植民地化を主張して失敗していることなど、多くの史話が散りばめられていて、全体に難解な論理ではあるが、興味を引きつけている。
なお、トドロフには『アステカ帝国滅亡記 -インディオによる物語』(G.ボド共編 法政大学出版局 1994年)の著作もある。
〔桜井 敏浩〕
(及川 馥・大谷尚文・菊地良夫訳 法政大学出版局 2014年6月 374頁 4,200円+税 ISBN978-4-588-09982-3 )
〔『ラテンアメリカ時報』2016年春号(No.1414)より〕