アルゼンチンの土地には、スペイン征服者が到来した時にはマプチェ、アラウカノその他多くの先住民族が住んでいたが、彼らの多くは殺され土地を奪われた。さらに1877 ~ 83 年のロカ将軍指揮で始まった「砂漠の征服作戦」では組織的な先住民虐殺によって20 万人いたパンパ・パタゴニアの先住民は2 万人まで激減した。
マプチェ族の娘ジャナは、今は郷里を飛び出しブエノスアイレスにきて大学で美術を専攻し彫刻を造っているが、生活費は売春で稼いでいる。姉妹のように親しい仲間の男娼パウラからやはり仲間の男娼ルスが失踪し、ボカの岸壁から惨殺屍体が収容されるのを目撃したと聞く。警察が捜査しようとしないため、ジャナはかつて軍事政権時代に父と妹を殺され、闇に葬られた「行方不明者」の探索をしている私立探偵のルベンに殺人究明の協力を求めるところから始まる。
このルスの殺害が、過去の独裁政治下(アルゼンチン、チリ、ウルグアイの軍事政権は反対者、左翼活動家弾圧で協力しあった)で猛威を振るい、その後も民政移管後の恩赦法で罰を免れてきた軍警とその手下の秘密組織の手にかかったことが次第に判ってくる。行方不明者の母親や妻たちによる真相究明を求めて毎週でデモを行い、独自の調査を行っている「五月広場母・祖母たちの会」の有力メンバーには、ルベンの母も加わっている。その多くは若者であった失踪者たちは拷問され、遺体は人知れない場所に埋められるか飛行機からラプラタ河口に落とされたが、親と一緒に拉致されたり拘留中に出産した乳幼児は、極秘裏に政権支持者の希望者に里子に出された。
事件は軍政終焉時に証拠隠滅で処分された筈の行方不明者の収容記録の詳細なリスト -そこには尋問担当官などの氏名も載っている- のコピーの一部が秘密組織員だった元記者から次期大統領候補の有力支援者の大物実業家の娘で、親に反旗を翻してジャーナリストになり、自分の親も略取者だったとの疑念を抱いているマリアの手に渡ったことから彼女自身も誘拐・殺害され、接触あった者たちも次々に殺され、また捜査に動いたジャナとルベン、その協力者たちにも魔の手が迫り、ブエノスアイレス市内と郊外の水郷別荘地帯のティグレ、チリとの国境地帯のチュブ州の山間修道院と場所を変えつつ、軍政時代の将軍以下の組織の残党と彼らの捨て身の闘いが…. と、息を呑む展開が繰り広げられるハードボイルド小説。
〔桜井 敏浩〕
(加藤かおり・川口明百美訳 早川書房(文庫) 2016 年2 月 654 頁 1,200 円+税 ISBN978-4-15-181601-7 )
〔『ラテンアメリカ時報』2016年夏号(No.1415)より〕