本書は南米に移住した日本人と日本国家の歴史的関係を、国家が好ましからぬ者を海外移民という装置を使って疎外した「国家による国民の差別化」であり、その上で仮想的「国家・国民」関係の中に適宜包含し、日本のモラルや伝統で教化・再統合しようと試みる、国境という空間を超えての国家による権力行使であるという。著者は、米国で学位を取り現在ハワイ東海インターナショナルカレッジの教授を務める移民政策研究者。
日本人南米移民の歴史を戦前戦後の国策としての移民支援制度、移民たちがどこから来たか、戦前の移民送り出し前夜の政治状況、政治的ガス抜き装置としての戦前移民、戦後の保守政治と南米移民を膨大な文献から丹念に辿った労作であり、戦前は地方貧農や失業者、被差別部落問題が、戦後移民は大陸からの引き揚げ者、労働組合員の探鉱離職者等が排除のターゲットになったと検証する。
著者は書名にも拘わらず「南米移民は棄民」と決めつけてはいないが、戦前戦後を通じて移民に対する国家的干渉・介入が多々行われ、遠隔ナショナリズムが作用し(例:勝ち組・負け組抗争)、国策植民会社の入植は企業移民であり、移民をコチア農協設立やセラード農業開発を含め日本の資源政策実現に協力せしめた如く述べている。しかし、これまで多くの移民史研究が明らかにしてきた移民の自助努力や自発的な創意工夫などには触れておらず、主題に合わせて論理を進めている感が拭いきれず、また地名や人名のポルトガル語読みに誤りが少なからずある。
〔桜井 敏浩〕
(岩波書店(現代全書) 2016 年5 月 247 頁 2,200 円+税 ISBN978-4-00-029188-0 )
〔『ラテンアメリカ時報』2016年夏号(No.1415)より〕