著者が東大大学院修士課程でアンデス史に取り組んで以来書いてきた8本の論文に書き下ろしを加え集成した、インディオの社会史を論じた研究書。コロンブスの誤称から生まれた「インディオ」をあえて使うのはその負の歴史性を想起するためだが、敗者・被支配者・進んだ西欧文化に対する先住民文化という二元的対立で見て、一括して包摂されて奴隷的従属状態に置かれていると見られがちなインディオ(それの混血者を含め)といってもスペイン人と肩を並べる経済力をもつ者、スペイン語を自由に操る者、革命の先陣を切る者、キリスト教と正面から向かい合う者、真の自由を求める者など、彼らの生の姿を膨大な歴史文書の解析から浮き彫りにしようとしている。
インカ帝国では、王に従う地方共同体の首長に従属するヤナコーナという男性集団の隷属民がいたが、それが植民地時代になってどう生きたか? 征服者とアイマラ語やケチュア語の先住民の間を取り繋いだ通辞による言葉が公文書に遺されていることの意味、リマのコパカバーナの聖母の落涙奇跡と先住民集住化政策、聖母信心講にみるインディオの司法挑戦、17世紀植民地社会を生きたインディオが作成した遺言書をめぐる司法闘争、教会による統合を目指した偶像崇拝根絶巡察とインディオ文化の抵抗、異端審問の対象となった女呪術師たちの呪文にみる民衆的インカ表象、植民地時代にインカ史を担う王族の末裔、その歴史を簒奪しようとする非インカ系の人々との攻防とそれとは無縁な民衆的インカの交錯という、多彩な切り口から植民地時代を生きたインディオの人々の様々な姿を浮かび上がらせている。著者の研究の累積と歴史文書へ向き合う姿が文末の解題で詳述されており、きわめて知的刺激に富んだ歴史研究書である。
〔桜井 敏浩〕
(みすず書房 2017年9月 400頁 5,500円+税 ISBN 978-4-622-08630-7)
〔『ラテンアメリカ時報』2017年秋号(No.1420)より〕