ブラジルが1822年に独立し89年に共和制に移行して間もない、政治的にも経済的にも未だ不安定な1896年から97年にかけて、東北地方の奥地で起きた宗教共同体と州・共和国軍との戦闘-カヌードスの乱といわれるブラジル史上に遺る内乱事件を、「千年王国運動」と称したメシアニズムの系譜と発展、この民衆運動と教会・地方寡頭政治、連邦制から中央集権体制への移行期にあった国家との対立の背景と経緯を辿っている。
宗教指導者アントニオ・コンセリェイロに率いられた救世主運動が、奴隷制廃止後も大土地所有者の搾取や旱魃に苦しむ貧しい農民や大衆を惹き付け、彼を救世主と慕って集まってきた集住地「カヌードス共同体」は規模を拡大してきた。その新教会建設資材の引き渡しのトラブルに対する市と地方判事の対応のまずさから生じた警察隊と共同体との小競り合いが次第にエスカートし、当初は共和国に対する叛乱ではまったくなかったが、その後3次にわたる討伐派遣軍が多大な損害を出して敗北し面子をつぶされた共和国がついに1897年に11,000人以上の大軍を投入しその半数5,000人の死傷者を出して、25,000人と言われたカヌードス軍を全員殺害することで壊滅させるまで、内戦といってよい一大事件となった。
本書は日本では初めての本格的なカヌードス戦争の研究書として、コンセリェイロを反カトリック的狂信者、共和制への反逆者とするブラジルでの伝統的な見方を否定し、「千年王国運動」を危険視した当時のブラジル支配層側の歪みの反映だったと見てその原因を焙り出そうとしている。ちなみにペルーのノーベル文学賞作家バルガス=ジョサは1981年に、これを題材とした小説『世界終末戦争』を発表している(邦訳は新潮社刊 旦敬介訳 1988年)。
〔桜井 敏浩〕
(春風社 2017年12月 265頁 3,200円+税 ISBN978-4-86110-571-5)
〔『ラテンアメリカ時報』2018年春号(No.1422)より〕