ペルーで1968~80年の間続いた左派軍事政権は、ラテンアメリカ他国の軍政が左派を弾圧したのに対し 左翼的運動・思想を容認したため、貧困層のための社会運動、民衆教育運動が活発になった。1980年代以降、各国の民主化、東西冷戦の終焉、階級・民族対立などの社会変動の中で、「不公正な社会を変える」という目標を持つ民衆教育運動は変容し、それまでの階級闘争、社会革命運動から、多様なテーマを解決しようとする社会改革型の運動へと変質してきた。
著者の研究の中心であるペルーにおいては、従来は学校外教育であった民衆教育が変容し、既存の学校教育制度に取り込まれ包摂されたとみる。2003 年に制定された「総合教育法」において、新たに規定されたインフォーマル教育である共同体教育は、民衆教育が名を変えペルーの公教育に取り込まれ認知されたかのようだが、実際には社会変革的な民衆教育と共同体教育は異なるものであった。
民衆教育の弱点は参加しても公的資格を得られないノンフォーマル性にあるが、就労や学齢期年齢超過、経済的貧困等の課題を抱える子どもたちに学校教育の機会を提供する機能を果たしてきた。その結果民衆教育の特徴や要素は、身近な問題や学校を取り巻く環境の改善活動やカリキュラムの開発面で学校教育に少なからぬ影響を与えた。
現在では、変容し学校教育に包含されたと言われる民衆教育だが、貧困層などの社会的弱者の教育に対する政府の責任をあらためて求めることに、「社会を変える」ことを訴える民衆教育の現代的意義があると著者は指摘する。ペルー以外のラテンアメリカ社会においても民衆教育の重要性は共有できることを、多角的視野から分析した比較教育学研究の労作。
〔桜井 敏浩〕
(東信堂 2018年3月 201頁 3,200円+税 ISBN978-4-7989-1478-7)
〔『ラテンアメリカ時報』2018年夏号(No.1423)より〕