【演題】長期・地域的視点からみたペルーの動向
【日時】2018年8月6日(月) 15:00~16:30
【場所】日比谷国際ビルB1 会議室
【講師】遅野井茂雄 筑波大学名誉教授
【共催】日本ペルー経済委員会
【後援】日本ペルー協会
【参加者】約58名
講演の冒頭、遅野井教授は、今日のペルーの政治的混乱は、独立200周年に当たる2021年に向けた国政諸課題の抜本的克服に向け始動している点から見て、旧来のペルー政治との分岐点となる可能性があるとの見解を示された。
1.ペルーの最近の状況は「成長する経済と混迷する政治」と言い表すことが出来る。
●過去10年(2007-2017年)、ペルーは平均成長率5%という高い成長を遂げたが、その背景には1990年代に導入された自由市場経済モデルによる財政・金融面での慎重なマクロ経済運営がある。
●一方、政治的には、クチンスキー大統領の辞任(3月)に続き、最近の最高裁判所長官の辞任(7月)に起因した司法制度の危機など、今年に入り混迷を深めている。
2.自由市場経済モデルの維持と成果
●1970年代から90年代にかけて、ペルーは平均するとゼロからマイナス成長に推移したが、90年代の構造改革と資源価格など外部環境の大幅な好転により、2000年代は年平均6%超の安定した成長を確保し、2006年の一人当たりGDPが1975年の水準を超えるに至った。
●貧困率は過去10年で半減し、失業率も低下した。その結果、中間層が拡大し、教育が普及した。道路普及により、海岸部やアンデスと都市部のアクセスが良くなり、農業が発展し、内需が拡大した。
●2017年には、ペルー海岸北部の自然災害(洪水)や、ブラジルのゼネコン、オデブレヒト社による汚職発覚に起因するインフラ・プロジェクトの停止などによって経済成長率が鈍化した。2018年には回復軌道に戻り、独立200周年 の2021年に向け5%成長確保とOECD(経済協力開発機構)加盟を目指す流れとなっている。
3.国民の満足度など国際的指標からみた課題
●世界幸福度報告(2018)によると世界156カ国中、ペルーは65位と低い。
●世論調査機関Latinobarometro(2017)によると、民主主義の満足度は16%(ラテンアメリカ平均30%)、民主主義に対する支持率45%(同平均53%)、司法・議会に対する信頼度(各18%、13%)、高い汚職の存在(10ポイント中8.4で地域トップ)など、政治的な課題は多い。
4.ポスト・フジモリ期の政治
●フジモリ大統領以降の大統領選挙では常に、前政権の経済モデルが争点となるが、就任後は急先鋒のトレド元大統領を含め自由主義モデルを継続してきた。
●経済運営は、政権をまたぐ経済財政省と中央銀行の継続的な人事がうまく機能してきた。
●政治的には、少数与党政権の下で弱い政府(トレド、ガルシア、ウマラ各政権)が続いた。フジモリ派などの野党は民主的ルールを尊重、政権を追い詰めず、是々非々で議会を運営してきた。しかし、公約の不履行により政権支持率が低下、与党の弱体化でいずれも政権交代に至る。
●2016年選挙での変化:フジモリの長女ケイコとクチンスキー(前大統領)の対決は、1回投票ではケイコがクチンスキーをダブルスコアで上回ったが、決選投票では逆転された。これは偶然がもたらした結果とも言える。議会ではケイコのFP(フエルサ・ポプラル)が過半数を有していたが、弟ケンジの離脱により勢力が衰える。
●汚職問題の広がりが政治混乱に拍車。ブラジルで発生した汚職事件ラバジャット は
同国外ではペルーでの波及が最も大きく、歴代大統領が逮捕され、7月になって新た
に司法の最高レベルでの汚職が発覚し、司法制度の危機という事態を迎えた。
●国民の間の政治不信の蔓延に対し、ビスカラ現大統領は大統領教書で汚職防止に対す
る決意表明をしたが、その実効性が課題。2021年の選挙に向けては、有力候補者が
不在である。
5.経済の展望
●中国経済の減速がリスク要因ではあるが、2021年に向けて5%成長を続けるため、インフラを整備し、国民の75%が属すとされるインフォーマル・セクターをフォーマル化し、司法制度などの制度改革を行う必要がある。
講演後、FTA拡大路線の地域的な拡がり、インフラ・プロジェクトの行方、インフォーマル・セクターの問題等について、参加者との間で活発な質疑応答が行われた。
【配布資料】
なお、本講演の説明資料はラテンアメリカ協会のホームページに掲載される(会員限定)。
■「長期・地域的視点から見たペルーの動向」(PDF)
遅野井 茂雄 筑波大学教授 作成
遅野井 茂雄 筑波大学教授
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