1989年の冷戦終結後にソヴィエト連邦からの援助が止まりキューバは空前の経済危機に陥ったが、本書は食料も移動手段も払底していたキューバゼロ年の1993年、市場経済制度を導入するなどの経済改革を断行したハバナを舞台に、大学で数学教師の道を歩み始めた女主人公ジュリアとその交友、恋愛、取り巻く人間模様を描いている。そのストーリーの軸に1989年4月の『グランマ』紙の記事があり、電話がアントニオ・メウッチなるイタリア人によってキューバで発明され、メウッチは「しゃべる電信機」と名付けた発明品を持ってニューヨークに渡ったが、特許申請の更新資金にも事欠くうちにグラハム・ベルが現れ特許申請をしたことから電話の発明者の栄誉を奪われたという、イタリアを除いては記憶されなかったエピソードから、メウッチの実験の様子をスケッチした文書をめぐる冒険を絡ませた一種の推理小説的な展開もある。
書かれた時代背景として、外貨保有の自由化、個人レストラン等の限定的ながらの営業解禁、配分される住居事情など、当時のハバナでの生活が書き込まれているが、著者自身はキューバ革命後に生まれ、ハバナ工科大学で電子工学を学び、1998年にキューバを出国してイタリアに、その後パリに移り現在はリスボンに在住している。現代キューバを舞台にした現代史とストーリー、数学と文学が融合する小説である。
〔桜井 敏浩〕
(久野量一訳 共和国editorial republica co.,jp. 2019年2月 278頁 2,700円+税 ISBN978-4-907986-53-7 )
〔『ラテンアメリカ時報』 2019年秋号(No.1428)より〕