『ジカ熱 ―ブラジル北東部の女性と医師の物語』 デボラ・ジニス - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

『ジカ熱 ―ブラジル北東部の女性と医師の物語』 デボラ・ジニス 


 ブラジル北東部で2015年に特定されたウイルスは、デング熱に似ているものの症状はそれより軽いものであったが、妊娠中の女性が感染すると胎児の脳に先天性の疾患や小頭症を発生させる重大なウイルス症候群と恐れられるようになった。本書はブラジルにおいて流行した未知の西アフリカからのウイルスを特定する過程と、ジカ熱が胎児の小頭症の原因になりうるということを発見した調査と研究に関わった医師や科学者たちの奮闘を紹介している。その頃ブラジル北東部のペルナンブコ州とパライバ州を中心に、相次いで妊娠女性の超音波画像で脳に異常が見られる胎児が見つかり、ブラジル政府保健省は公衆衛生の非常事態を宣言したが、一時は母子感染の恐怖から北東部では妊娠の喜びは消え去ったと言われるまでに広がった。
 ジカ熱は系統の異なるウイルスによって世界各地で発生した。その予防をめぐる見当違いの勧告やジェンダーへの偏見、中絶をめぐる法規制や信仰上の苦悩などがあったことを、母親たちとのインタビューで明らかにしているが、その根底にはジカ熱が人々に等しく影響を与えたのではなく、貧しくインフラ基盤整備の後れた北東部内陸の、特に貧しい階層の間で患者が多く発生したという、地域と社会格差の存在があることを示しており、またこの流行を契機に妊娠中絶の是非をめぐる論争があらためて拡大し、著者もその渦中に巻き込まれた。
著者はブラジリア大学准教授で生命倫理を専門とする人類学者の著作を、ブラジルならびにインドを研究する気鋭の文化人類学者が訳出し、巻末で背景等の解説を行っている。

〔桜井 敏浩〕

(奥田若菜、田口陽子訳 水声社 251頁 3,000円+税 ISBN978-4-8010-0456-6)

 〔『ラテンアメリカ時報』 2019/20年冬号(No.1429)より〕