1990年代後半のペルー、フジモリ治下で、政権と軍警との調整役として大統領顧問という表に出ない役職ながら政権運営やフジモリ三選のために辣腕を振るった黒幕、文中ではドクトルと呼ぶモンテシノスの工作を、スキャンダルに巻き込まれた鉱山王とその妻、その友人である弁護士夫妻の行動、暴露雑誌の発行者の殺害と後継者となる女性レポーターとカメラマンなどを表に出てくる主人公にして、最後はその女性編集長がドクトルとの取り引きの秘密録音の雑誌掲載という命賭けの逆襲で「フジモリとドクトルが刑務所に入るなんて、誰が想像できたでしょう」との結末に至る、ノーベル文学賞受賞者がと驚く鉱山王夫婦のやや異常な性愛、ポルノ風描写も出てくる一見通俗小説のドラマだが、もとより複数のストーリーの断片を再構成して全体として物語にするなどの、著者ならではの文学となっている。
フジモリが独裁を維持し三選を果たすべくドクトルに手段を選ばぬ工作、買収、恐喝をさせてきたことを再三ほのめかしていて、1990年のペルー大統領選挙の決選投票でフジモリに完敗した著者バルガス=リョサの怨念を感じさせる部分もあるが、巻末に訳者による当時のペルー政治の背景と書名の由来の適切な解説がなされている。
〔桜井 敏浩〕
(田村さと子訳 河出書房新社 2019年9月 279頁 2,500円+税 ISBN978-4-309-20782-7 )
〔『ラテンアメリカ時報』 2019/20年冬号(No.1429)より〕