『夕陽の道を北へゆけ』 ジャニーン・カミンズ - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

『夕陽の道を北へゆけ』  ジャニーン・カミンズ


 麻薬カルテルの首領を批判する新聞記事を書いた夫はじめ祖母や親類縁者を誕生日パーティの場で一族16人をカルテルに殺害され、生き残った妻リディアと8歳の息子ルカが執拗な追跡を逃れるために、アカプルコからメキシコ市を経由して貨物列車の屋根に乗り込み、各地の移民救援施設を転々としてやっと米国との国境の町ノガレスに着く。途中知り合ったホンジュラスから北米を目指す姉妹、カルテルを抜けたと自称する殺し屋の少年などとともに、大金を払って米国国境突破を請け負う「コヨーテ」と呼ばれる案内人に従い、警備の手薄な砂漠を夜間徒歩で横断する過酷な脱出行の最終行程に出発する。
 リディア一家を皆殺しにしたカルテルの裏社会の力、熾烈な逃避行の中で成長していくルカと母リディアの家族愛、カルテルから常に追われる者の恐怖と絶望感とともに、ギャング組織の構成員の暴力から逃れるために故国から北へ向かう姉妹に襲いかかる苦難、列車への飛び乗りで命を落とす移民者たちの悲劇、警察と通じたカルテルの移民たちへの暴行、略奪、そして危険極まりない国境越えで起きる仲間の不慮の死などが描かれており、メキシコ・中米から米国への越境に命を賭ける人々の姿は、逃亡サスペンスものに分類される小説の筋書きを超えた、迫力あるドキュメンタリータッチの小説になっている。著者はプエルトリコ系米国人で2013年からメキシコと国境の両側を4年がかりで取材してこの小説を書いた。

〔桜井 敏浩〕

(宇佐川晶子訳 早川書房 2020年2月 499頁 3,100円+税 ISBN978-4-15-209914-3 )

〔『ラテンアメリカ時報』 2020年春号(No.1430)より〕