連載エッセイ70:日本語で歌う、中南米の歌を求めて - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ70:日本語で歌う、中南米の歌を求めて


連載エッセイ69

日本語で歌う、中南米の歌を求めて

執筆者:服部則男(元 海外鉄道技術協力協会派遣 鉄道専門家))

中高年を対象とした“童謡・唱歌・抒情歌を歌う会”に入って20年以上経ち、改めてメロディや歌詞の素晴らしさを感じているところです。そして、もう一つ感じていることは、日本語で歌う外国の曲の中で、欧米の曲はたくさんありますが、中南米の曲が極端に少ないことです。

マンボ、サルサ、フォルクローレ、ボサノバ、タンゴ等々、中南米のメロディや歌は日本でも広く愛され親しまれています。スペイン語やポルトガル語で歌われる方も多く居られます。しかし、日本語で歌う中南米の歌は少ないのです。

かつて、中南米の国々の鉄道の仕事に係わり、中南米の国々に関心と愛着を感じている者としてはどうも納得がいかないところです。本文の標題には、このような思いを込めています。このようなこだわりは、中南米音楽を愛されている方々からすれば違和感を持たれる事柄かと思いますが、一つの取り組みとしてご理解頂ければ幸いです。先ず、日本語で歌う中南米の曲を調べてみました。

1.客観的と思われる資料による調査

1-1.「愛唱名歌」(野ばら社:2008年7月発行):

この本は、中高年を対象とした“歌う会”で広く使われている歌集です。収録されている歌は311曲あります。内訳は、日本の歌が200曲、外国の歌が111曲です。外国の歌には、スコットランド民謡の「蛍の光」やドイツ人作曲家ウェルナーの「野ばら」などが含まれています。この歌集には20あまりの国・地域の歌があり、歌の多い方から並べてみました。(分類には、若干、整合性に欠けている部分があるかもしれません)

NO 国名・地域名 民謡 作曲家
アメリカ 19 27
ドイツ 13
ロシア 11
オーストリア 10
イタリア
アイルランド
フランス
イングランド
スコットランド
10 イギリス
11 スペイン
12 ポーランド
13 スイス
14 イタリア・ナポリ
15 インドネシア
16 イタリア・ヴェネチア
17 チェコスロヴァキア
18 ノルウェー
19 ルーマニア
20 キューバ
  45 66 111

中南米の国はキューバの1か国のみです。歌は、「ラ・パロマ」、スペインの音楽家イラデエルが作曲のキューバの民族音楽(ハバネラ)です。(1曲/111曲=0.9%)

1-2.「世界抒情歌集(全2巻)」(ドレミ楽譜出版社:1996年4月発行):

本書は、“ピアノ伴奏つき”とあり、合唱サークル向けを想定していると思われます。全

2巻からなり、世界各国の抒情歌として197曲を収録しています。尚、その後、93曲をまとめ、第3巻が発刊されています。197曲のうち、中南米の歌は4曲です。(4曲/197曲=2.0%)

・カミニート(アルゼンチン、ファン・デ・ディオス・フェリベルトの曲)
・コーヒー・ルンバ(ベネズエラ、ホセ・マンソ・ベローニの曲)
・コンドルは飛んで行く(ペルー、ダニエル・アロミアス・ロブレスの曲)
・波濤を越えて(メキシコ、フべンティーノ・ローサスの曲)

1-3.「外国の曲を日本語で歌う(World-famous songs in Japanese)」:

ネットにより入手の情報(編集時期や主管個所は確認出来ていません)です。収録は435曲です。中南米の曲は11曲でした。(12曲/435曲=2.8%)

・アマポーラ(スペイン、ホセ・ラカジェの曲。メキシコポップス)
・アンデスの祭り(ボリビア民謡)
・いろんな木の実(西インド諸島民謡)
・カミニート(アルゼンチン、ファン・デ・ディオス・フェリベルトの曲)
・クイカイマニマニ(南米民謡。ペルー民謡との説あり)
・コーヒー・ルンバ(ベネズエラ、ホセ・マンソ・ベローニの曲)
・コンドルは飛んで行く(ペルー、ダニエル・アロミアス・ロブレスの曲)
・花祭り(アルゼンチン、エドムンド・サルディバールの曲)
・へんな家(ブラジル、ヴィニシウス・ジ・モラエスの曲)
・ラ・クラカチャ(車にゆられて)(メキシコ民謡)
・ラ・ノビア(チリ、ホアキン・プリィエートの曲)
・ラ・パロマ(スペイン、イラディエルの曲。キューバの民族音楽)

1-4.小学校、中学校の「音楽の教科書」:

(1)以前の小学校、中学校教科書(2006年~2014年頃):

孫たちの使っていた教科書で調べてみました。中南米の曲は次の通りでした。

・アンデスの祭り(ボリビア民謡)
・いろんな木の実(西インド諸島民謡)
・コンドルは飛んで行く(ペルー、ダニエル・アロミアス・ロブレスの曲)
・マンボ No.5 (ベネズエラ、ホセ・マンソ・ベローニの曲)
・リボンのおどり(ラ・バンバ)(メキシコ民謡)

(2)現在の小学校、中学校の教科書(ネットで調査):

その1:「令和2年度版 小学校音楽教科書掲載曲」:

・いろんな木の実(西インド諸島民謡)
・ピーナッツ・ベンダー(エル・マニセロ)【鑑賞】(ハバナ、イセス・シモンの曲)
・コンドルは飛んで行く(ペルー、ダニエル・アロミアス・ロブレスの曲)
・リボンのおどり(ラ・バンバ)(メキシコ民謡)

その2:「中学生の音楽 掲載曲」(教育芸術社)

・Kum ba yah (西インド諸島民謡。黒人霊歌との記載もあり)
・マリアッチ【鑑賞】(メキシコの音楽)
・おいしい水【鑑賞】(ブラジル、アントニオ・カルロス・ジョビンの曲)

その3:「中学生の器楽 掲載曲」(教育芸術社)

・コンドルは飛んで行く(ペルー、ダニエル・アロミアス・ロブレスの曲)
・テキーラ(メキシコ系アメリカ人、チャック・リオの曲)
・トゥリステーザ(ブラジル、ハロルド・ロボ、ニルチーニョの曲)

小学校、中学校の音楽教育において、中南米音楽を積極的に取り入れているように思われます。

2.そのほかの資料による調査

2-1.家庭用カラオケセットに収録されている外国曲の状態(ネットによる情報):

「1本のマイクに1,200曲内蔵」(Japanet。発行時期は確認出来ていません)の中から、外国曲270曲を分析してみました。この外国曲には、日本語の歌詞が付いていない曲も含まれています。

・イギリス民謡、アメリカ民謡などの民謡が95曲。
・ドイツ歌曲、フランス歌劇など、その国の歌が76曲。
・賛美歌として分類されているのが、38曲。
・黒人霊歌(アメリカで生まれた曲)が、3曲、
・その他、58曲。

この家庭用カラオケセットでは、中南米の曲はありませんでした。

2-2.二木絋三の「うた物語」

二木絋三氏が開設しているプログです。歌にまつわる物語や思い出、エピソードなどを広く募集し、「うた物語」としてネット上で紹介しています。

*二木絋三:ふたつぎこうぞう、1942年生。主にビジネス書やポピュラー音楽分野の歌曲について、書作を出している著作家。現在、外国の曲は214曲が紹介されていて、中南米曲は9曲あります。(9曲/214曲=4.2%)4.2%の数値は、中南米の歌に大きな魅力をお持ちの方々の比率が高いことを示していると思います。

紹介されている曲は、1-3.で記載の曲以外に、エル・チョクロ(アルゼンチン・タンゴ、アンヘル・ビジョルド作曲)、ベサメ・ムーチョ(メキシコ、コンスエロ・ベラスケスの曲)の2曲でした。中南米の歌が広く親しまれていくことは、自然と私たちの中に「うた物語」が形成されていくことではないかと思っています。

広く親しまれていく事例として、クミコさんの歌でヒットした、スコットランド民謡「広い河の岸辺」を振り返ってみたいと思います。

英語名は「The water is wide」、当初、山川啓介の日本語詞により「ふたりの小舟」として、佐川満男と伊東ゆかりの娘の宇美により2007年にシングル・リリースされていました。更に、伊東ゆかりもレパートリーとしていました。

2013年、“この曲に先行する日本語詞はない”と誤解していたケーナ奏者八木倫明は、「広い河の岸辺」として独自の日本語詞を綴り、シャンソン歌手クミコに提供した。

クミコは東日本大震災の時、石巻市でコンサートに向けたリハーサルを行っていて、被災し避難した経験があり、復旧復興への願いをこの楽曲に重ねていたという。

2014年のNHKの連続テレビ小説「花子とアン」「マッサン」では主人公がこの曲を口ずさむ場面がありました。また、この曲がNHKの特集番組で、仕事に行き詰まったサラリーマンや闘病生活を送る人の支えになっていることが紹介されました。

このような経緯があり、2014年12月のオリコンチャートで第1位を獲得しました。

“希望の歌”として、“心に響く曲”として蘇り、中高年を中心に反響を得ています。尚、最近の研究では、スコットランド民謡でなくイングランド民謡であるとの事です。

3.日本語で歌う、中南米の歌を求めて

近年、中南米の国々との交流は飛躍的に伸びています。音楽を通しての交流もはるかに深まっています。中南米の国々の音楽も、さらに、広く親しまれていくことでしょう。そして、中南米の国々の曲に相応しい日本語の歌詞が作られれば、より多くの人々に親しまれることも確かではないかと思っています。

ポピュラー音楽評論家、生明敏雄氏は自身の著書「タンゴと日本人」(集英社新書、2018年8月発行)で、このことに触れています。

-『第5章:これでよかったのか、日本人のタンゴの愛し方』

『日本人歌手はなぜタンゴを日本語で歌わないのか』

タンゴの女王と呼ばれ、日本のタンゴ界の広告塔の役割を果たしてきた藤沢嵐子は、自伝のなかで次のようなことを述べている。

「タンゴのリズムは日本人にわかりやすいといわれてきた。なるほど単純に聞こえる。けれどその単純は、力強さからくる単純であって、日本人の性に合うほどなまやさしいものではない。私はいつもアルゼンチンの言葉で歌っている。なぜならばあの力強いリズムはアルゼンチンの言葉から生まれたもので、他の国の言葉をけして寄せつけようとはしない」と。

-中略―

―著書の中で生明敏雄氏は、“そこには疑問が残る”と。

「アルゼンチン・タンゴには、激しいリズムを伴わない抒情的な作品、情緒的な作品、描写的な作品、明るくて健康的な作品もたくさんある。このような曲のなかには、日本語で歌われても、その良さを失うことがないものも多い。」

更に、次のように述べている。

「これらのタンゴ(日本語で歌われても十分にそのよさを堪能できるいくつかのタンゴ)をはじめ多くのアルゼンチン・タンゴが日本語で歌われることがもっと多かったら、テレビやラジオの音楽番組でタンゴが流れることがはるかに多くなったのではないか、そして日本人はタンゴにもっと親しめたのではないか、そう考えてしまうのである。」

中南米の歌が、広く親しまれていくことを願っています。