連載エッセイ99 :”記憶を記録に“: 「熱帯夜は失礼では? ―地球上の多様性を考える」 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ99 :”記憶を記録に“: 「熱帯夜は失礼では? ―地球上の多様性を考える」


連載エッセイ96

”記憶を記録に“:
「熱帯夜は失礼では? ―地球上の多様性を考える」

執筆者:設楽知靖 元千代田化工建設(株)、元ユニコインターナショナル(株)

  
私が高校時代には、『人文地理』と言う科目があり、世界の地理的な勉強を幅広く学ぶことができた。今は,教科が分散されていて、日本史、世界史,地理、公民などに分かれており狭められた分野で、深く学ぶことができるが、選択方法によっては、抜けてくる分野が出てくるのではないかと思っている。

国と首都の名前を覚えるときに、例えば“腹具合が悪いから、明日にしよう”と、パラグアイの首都はアスンシオン、と覚えたものである。『人文地理』では、世界或いは地球上の
気候や国、都市などの状況を立体的に学ぶことができ、今も記憶として残っている。
その後、ラテンアメリカ地域の色々な都市、地域に駐在し、生活する経験の中で『熱帯夜』という言葉が日本で叫ばれるようになった。そこで、これに関連してラテンアメリカ地域の『熱帯圏』を人文地理的観点から述べてみたい。

1.ラテンアメリカ地域の気候の人文地理的区分:

ドイツの気候学者、ウラジミール・ぺーター・ケッペンが植生分布に注目して考案した気候区分(ケッペンの気候区)は気温と降水量から気候区分を決定した論文によれば、『熱帯』の気候区分は、赤道を中心とする北回帰線(北緯23度26分22秒)と南回帰線(南緯23度26分22秒)に挟まれた帯状の地域として定義されている。これをラテンアメリカ地域の地図上で都市を示してみると、北は、メキシコ北部のサカテカスからカリブ海地域のキューバの首都、ハバナを結ぶ当たりの線が、北回帰線である。一方の南回帰線は、南アメリカの、ブラジルのサンパウロからチリ―北部のイキケを結ぶ線である。

この真ん中に赤道が走っており、それはエクアドルの首都,キトーと、ブラジルのアマゾン川下流、大西洋にそそぐ河口の町、ベレンを結ぶ位置である。このように世界地図上で平面的に見ると、あまり面白くない。この帯状の中に、私は駐在したり、出張でたびたび訪れたことがあり、それを地上から観察してみると、非常に興味深いことが分かってくる。
『熱帯』と一口に言うならば、高温多雨の『熱帯雨林気候』で、人が生活するには大変なところという印象が強い。しかしながら、住んでみると、いろいろな変化を経験することとなり、言葉だけでは表現できない様々な体験をすることができるのである。

最初に長く滞在したのは、まさしく、赤道(Ecuador)直下の首都キトーと太平洋岸のエスメラルダスの建設現場であるが、赤道直下であるので、とても住めるところではないのでは、と言う第一印象だが、首都のキトーはアンデス山脈の海抜2,850メートルの高所にあり、従って、『一日のうちに四季がある』と言われ、朝と夜の温度差が激しく夜は気温が一けた台となるので、一軒家の家ではペーチカが必要であり、夜の食事の時にレストランへ行くとスイスのホンリュー料理が合う。昼間は気温が上がり、小さな場末のレストランでクイー{テンジクネズミ}の料理がうまい。

キトーから東へアンデス山脈を進むとアマゾン源流の雲霧林が続くことになる。一方、西へ行き、長く滞在した太平洋岸のエスメラルダスへ降りると、本来ならば赤道直下の熱帯の猛暑を想像するが、一年中、気温は摂氏25度ぐらいでしのぎよいとゆう印象で、建設現場で作業服を着ていても、それほど苦にならない気候で、これは太平洋側の海流に影響している。南アメリカ大陸の太平洋岸は南極から北上するフンボルト海流{寒流}のためで、海産物がうまい。

2. 熱帯地域に生活して:

つぎに、北緯10度付近に位置して、十数年駐在した地峡、パナマの首都パナマ市は太平洋に面して、パナマ運河の太平洋側の入り口であるが、赴任する前、会社の同僚は、“熱帯のジャングルでワニとサルしかいないところへ行くのか”と言われたが、とんでもない、小さな都市だが近代的なマンションも多く、海と緑の住み心地の良いところであった。これは、気候的には一年の半分が雨季で、残りの半分が乾季と言う季節変化で、乾季にはほとんど雨は降らず、運河地帯(カナルゾーン)の広葉樹は落葉してしまう。そして風が吹くので、気温は比較的高くても”暑い“と言う感じはしない。一方、雨季は一日中雨が降っているわけではなく、一日一回のスコールに1~2時間ほど見舞われるが、その直前の湿気を我慢すれば、スコールの後は涼しい心地よい気温となる。そして、昼夜の温度差があり、過ごしやすい場所であった。これは、太平洋岸の南極からのフンボルト海流の北限に当たることも影響している。従って、マンションで生活していると、冷房は各部屋にあるが、洋服と皮革類(靴やカバン)がかびないように、寝室の冷房を、朝起きた時にスイッチを入れて、一日中付けて置き、夜寝るときにスイッチを切って寝る、という習慣で、子供たちは学校から帰ってくるとシャワーを浴びていたが、一度も子供部屋の冷房を付けたことはなかった。気温は、一年中25度ぐらいであったが、夜は20度ぐらいまで下がり『熱帯夜』と言う寝苦しさを感じたことはなかった。

ブラジルのアマゾン川中流の有名な都市、マナウスはフリーゾーン企業活動が盛んな都市で、その昔は、天然ゴムの輸出で一世を風靡した、まさに熱帯圏の真ん中に位置している。ここも気候的には雨季と乾季の二期に分かれているが、ここは住むところとしては厳しい環境である。

3. 日本へ出張してきて、『猛暑?熱帯夜』を経験して:

真夏に日本へ、何回か出張をラテンアメリカ地域から行ったことがある。その一つの経験として、出張中に非常勤講師として『中南米地域研究』を担当していた、某大学の国際学部で、一年間の講義を、土曜、日曜を除く六日間の集中講義を7月末から8月初めの夏休みに実施した経験がある。すなわち、猛暑の中で、90分授業を一日5コマ、合計30コマを一週間で行うため、冒頭に学生諸君に、”この集中講義を、忍耐をもって対処してほしい。我慢比べであると宣言してスタートした“、夏休みが始まったばかりで冷房は無し、カーテンで日光を遮った中での講義であった。50人ほどの学生諸君は猛暑の中、よく耐えてくれ『中南米地域研究』の”出会いを大切に、若人に夢を与えたい“をモットーにスタートした集中講義は、地域の古代文明、近現代史、社会、政治、経済、そして、ビジネス経験に基づくアップデートな地域の現状の講義を無事に終えることができ、出張業務に移ったが、日中の業務は会社の冷房で耐えられたが、夜の外出時や就眠時の暑さには参った。日本は夜になっても気温が下がらないのである。新聞は連日、『猛暑』『熱帯夜』の文字が躍っていた。会社の出勤はノーネクタイ、服装は省エネルックであった。

日が暮れても気温が下らず、30度を超える夜が続くのである。私の住んでいたパナマでは、日中は30度を超える乾季の日もあるが、日が暮れると気温が下がり、風が吹き日本でいう『熱帯夜』は皆無であった。このような状況下の夏の日本に出張で来ていて、早くパナマへ帰りたい、とその都度思っていた。そして成田から飛行機に搭乗して米国経由で夜のパナマ市のトクーメン空港の光とプンタパイティーヤのマンションの燈を窓から見ると,ホッとしたものであった。

4. エル・ニーニョ現象とラ・二―ニャ現象:

『エル・ニーニョ現象』は太平洋赤道域の日付変更線付近から南アメリカ大陸沿岸にかけての海面水温が、平年より高くなり、その状況が一年程度続く現象と言われている。一方、『ラ・二―ニャ現象』は逆に、同じ海域で海面水温が平年より低くなる状態が続く現象である。南アメリカ大陸の太平洋沖には赤道に沿って『貿易風』が東から常に吹いていて、この強弱が大きく影響する。これが強いと、海面付近の暖かい海水は、太平洋の西側へ吹き寄せられ、インドネシア付近の海は暖かい海水のたまり場となる。逆に、南アメリカ大陸沖では、南極からフンボルト海流(寒流)が北上しているので、冷たい海水が海の深いところから湧き上がってくる。

毎年12月頃になると、冷たい海水が沸き上がるのが衰えてきて、エクアドル、ペルーなど海水温が高くなってくる。この場合、最大で2~5度上昇すると言われている。このエル・ニーニョ現象が発生してくると、海水温は元に戻らず、東の風が弱いので、インドネシア付近にたまっていた、暖かい海水が南アメリカ大陸沿岸へ張り出して広がってくるのである。
このために南アメリカ大陸沿岸の海水温が高いままとなり、『積乱雲』の発生が多くなる亜熱帯高気圧の位置や強さが変化し『異常気象』が起きやすくなる。エクアドルやペルー北部の沿岸は通常は雨量が少ない地域であるが、この現象が起きるとペルー北部に雨をもたらし、『土獏地域』に水害や土砂崩れが起こるのである。以前、ペルー北部のタララ石油精製工場付近では、土砂崩れで製品タンクに被害が出たことがあるが、周辺の土獏地帯は久々の雨量によって、一週間ほどで雑草が生えて、一面の緑に覆われる光景が見られる。

おわりに、『熱帯雨林気候』の定義は、アマゾン流域は北東と南東貿易風が交互に襲って,大西洋上の湿気をもたらすので、世界最大の降雨地域を形成している。一年中光と熱にあふれて、午後になると雷を伴って、雨季の激しいスコールに見舞われる。これにより、うっそうとした熱帯雨林となっている。この降雨量はアンデス山脈の東側で、最も広い幅をもって、
高度は1,500メートルまで達する。この気候は、西インド諸島、中央アメリカの北東部、ブラジルの南東海岸にもみられるが、この気候区分をかこっているのが、『熱帯ステップ気候』である。これは緯度10度を中心とする地域で、北半球ではパナマからトリニダードトバゴを結ぶ線、南半球ではペルーの山岳のワヌコからブラジル東北、大西洋岸のマセイオを結ぶ線となっている。

今回、『熱帯夜』と言う、日本の夏の猛暑の夜の気温が下がらない気候を現地から見て『失礼な言い方』と述べたが、実際に居住していた体験から、このケッペンの気候区の分類でも、高度、季節、貿易風、海流によって、日中と夜の温度差が大きく変化して、一概には言えないことと『地球上の多様性』を理解してほしいとの見解を述べさせていただいた次第である。
環境問題の追求は永遠のテーマであるが。

以上
                          
<参考文献>:1.『世界文化地理大系・24:ラテンアメリカ』、平凡社、
         昭和29年10月25日、初版発行(p10)
       2.インターネット:気象庁データ。
       3、地図:エンリケ設楽