連載エッセイ106:硯田一弘 「南米現地レポート」その21 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ106:硯田一弘 「南米現地レポート」その21


連載エッセイ103

 南米現地レポート その21

執筆者:硯田一弘(アディルザス代表取締役)

5月2日発

28日に開催されたラテンアメリカ協会のトークイベント、お蔭様で大勢の方々に御参加頂きました。ありがとうございました。これをキッカケにラテンアメリカ協会の活動に御興味を持って頂くよう、改めてお願いします。

日本では新型コロナの第四波の到来で、報道が沈静化しましたが、少し前に首相の長男がマスコミに取沙汰されていました。少し遅れてパラグアイでも政界の有力者の身内がパラグアイで最も待遇の良い会社と言われる二つの電力会社に勤めていることが暴露され、縁故主義への批判が炎上しています。

Clanes politicos de las binacionales=政治家一族の二国間事業への関与、つまりItaupu(ブラジル)とYacyreta(アルゼンチン)という二つの水力発電所の運営事業が有力政治家の縁故者で運営されている、という記事です。(abc color紙)

こちらはUltima Hola紙のトップニュース。イタイプ水力発電会社は、ブラジルとパラグアイの二国間事業ですから、当然ブラジルとパラグアイの両国からの社員が働いています。ところが、同じポストであっても、パラグアイ側の給料はブラジル側の二倍であるとの記事です。

しかし、これはパラグアイの通貨Guaraniがブラジル通貨Realに対して強くなっている=Guarani高という要素も加味する必要があります。4年前の2017年の為替水準では、ブラジル通貨は現行レートの二倍近い価値がありました。給与水準というのは頻繁に改訂しませんから、最近のレアル安が反映されていない状況で、パラグアイ側が不当に高給を得ている、というのは筋違いの議論となります。

ただ、パラグアイは現在でもマキラドーラという加工貿易制度で、周辺国よりも安価な労働コストを使って産業の振興を図ろうとしていますので、長期化・固定化するレアル安は今後の外資誘導には悩ましい点であることは事実です。

nepotismoの語源はカトリック教会の権力者の身内(甥=nephew)を有利なポストに就ける贔屓を意味するもの。身内や縁故者を贔屓にすること自体は、組織の維持には重要な部分はあります。一方で機会均等が求められる今の世の中で上手くバランスをとることも重要ですね。

今週は南米各国の教育事情を調べる作業をしましたが、新型コロナによる隔離政策が1年を超えた今、学校の授業もリモートが当たり前、という新常識がパラグアイでも定着してきました。そこで調べてみたのが携帯電話とインターネットの普及率。

携帯電話 インターネット
メキシコ 94% 64%
アルゼンチン 130% 73%
ボリビア 98% 42%
ブラジル 97% 66%
チリ 131% 77%
コロンビア 130% 59%
エクアドル 90% 54%
パラグアイ 104% 64%
ペルー 128% 50%
ウルグアイ 138% 66%
ベネズエラ 58% 76%

ご覧の通り、インターネットの普及率は各国とも高くありませんが、携帯電話の普及率は100%を超える国が多くあります。つまり、一人1台以上持つケースも多いということ。ちなみに、日本のネット普及率は94%、携帯電話は141%。何故、縁故主義が重用されたか?というと、昔は情報のやり取りが出来る範囲が対面で話せる相手=血縁者に限られていたからとも考えられます。しかし、世界中がネットや携帯で繋がる今の時代、血縁関係に拠らない新しい縁故が出来上がるようにも思われます。

5月9日発

パラグアイのコロナ感染者は昨日までで296千人、亡くなった方は7050人になっています。新聞でもテレビでもワクチンと重傷者病床の対策が話題になっていますが、日本では予約センターがパンクして対応不可能になっていると言われているワクチンの予約、パラグアイではネットで簡単に出来ました。

予約は至って簡単、保健省の所定のホームページにアクセスして、身分証明書番号と生年月日・電話番号を入力、現在の健康状態を問う問診票にYesかNoでいくつか答えて登録するだけ。あとは通知が来るのを待つだけです。日本とパラグアイ、どちらもワクチン接種率は高くありませんが、これからのスケジュールはどうなるでしょうか?今後の状況も逐次お知らせします。

さて、この期に及んでまだ強行を主張する日本のオリンピック=Juegos Olímpicosですが、パラグアイでは殆ど報道を目にしません。ということで、近隣諸国の新聞も調べてみました。

その結果、今週の報道では、5月8日付け記事がアルゼンチンのLa Nacion紙でみつかりました。曰く「緊急事態宣言が発令されて東京も大変な状況ではあるが、小池知事は持続可能な状況への回復の象徴として(un símbolo de la recuperación sostenible)、この行事は強硬するというメッセージを発している。確かにオリンピックは平和の象徴である。」と、強行に賛成のコメントとなっています。
ペルーのEl Comercio紙は、最高齢聖火ランナーの田中カ子さんがリレー参加を辞退したというニュース。5月7日付。こちらの記事は冷静に日本での感染者も増え続け、国民の多くが昨年から延期されたこのイベントを今年強行することへの強い懸念を示しているとも触れています。

5月3日付ボリビアのEl Diario紙はIOC国際オリンピック委員会は、東京オリンピックを前にした5月13日から6月23日まで開催されるEスポーツの祭典を公認したという記事を掲載。ここでは東京オリンピック開催の是非については触れていませんが、感染防止の観点から今やるならオンラインで出来るEスポーツでしょ、というニュアンス。

今週南米各国で取り上げられた東京オリンピックに関する記事は、見つかった限りこんな程度でした。一方で新型コロナの感染が下火になった様子はなく、実際にはオリンピックを報じている余裕はない、というのが各国の報道の傾向と思われます。

今や日本の政治家による政治家の為のイベントとなりつつある東京オリンピック、南米からの応援はあまり無いものの、まだまだ頑張るつもりでしょうか。ちなみに、パラグアイからは自転車・ボートの代表選考が決まった模様です。これからの政治日程でどうなるか判りませんが、強行されることになったら、頑張る人達の応援はしたいと思います。

5月16日発

5月14日はパラグアイの独立記念日、今年は1801年の独立から210年目の節目ということで、コロナ禍ではあるものの、朝から大統領府近くの大聖堂で記念のミサが執り行われました。GoogleのDoodleも独立記念日特別バージョン。翌15日はパラグアイ独自の母の日です。その記念の日にabc color紙の一面を飾ったのはアスンシオン市と対岸のVilla Hayes市を結ぶ建設中のChaco’i大橋。当初の計画では全長449mとされていた設計が変更されて603mになり、費用も18百万ドル(約20億円)の増額となったという報道。

元の設計が甘かったという点では反省が必要ですが、何十年も使われる重要な社会インフラですから、しっかりとしたモノつくりをお願いしたいものです。これが完成すると、対岸の地区は新アスンシオン市という新しい行政区になることも決まっており、アルゼンチン国境との交通が益々便利になりますので、今後の経済発展が進むことは確実です。

Chaco’i大橋の↑完成想像図

だいたいどんな案件も期中に費用の不足が生じるようです。東京オリンピックも当初は近年で最も簡素な大会にするのが目標だったはずですが、コロナ禍の影響を差し引いても期中の大幅なコスト増により、史上最も費用の掛かった大会に変貌しているのは周知のとおり。因みにパラグアイは隣国ブラジルやアルゼンチンとの道路網の整備を進めており、このChaco’iの他にもイグアスの滝近くの二本目の橋、Puente Internacional de la Integraciónの建設も順調に進んでおり、慢性的に混雑していた友情の橋Puente de Amistadの交通事情の改善に寄与する見込みです。

また、ブラジル大西洋岸からパラグアイを通ってアルゼンチン・チリ太平洋岸を結ぶ新しい道路、Ruta Bioceanicaの建設工事も順調に進んでおり、ブラジル側の国境にあるパラグアイ川に架けられる橋は、パラグアイ側の予算不足で工事が遅れている様ですが、ブラジル政府から強烈なプッシュがあって、現在対応している模様です。

同じくRuta Bioceanicaのアルゼンチン側Pozo Hondoにはピルコマヨ川を渡る橋が既に架かっていますが、これも横断道路の完成に向けて今後の増強が計画されています。

パラグアイに新しく架かる4つの橋が南米南部地域全体の物流の効率化につながる日が近づいていることに日本の皆さんも是非ご注目ください。

5月23日発

今週18日から隣国アルゼンチン政府が牛肉の輸出を一か月停止することになりました。
https://www.afpbb.com/articles/-/3347241

アルゼンチンの通貨ペソは2019年8月にマクリ前大統領の政権継続が困難との観測が出た時点からほぼ直線的に下落し続けており、国内の物価上昇が続いてきました。これは同時にアルゼンチン産品の国際市場での競争力強化にもつながっています。アルゼンチン人は、年間一人50㎏以上の牛肉を食べる世界有数の牛肉消費国。
https://www.daikokusengyu.co.jp/1253/

しかし、激増する中国の輸入牛肉の需要を満たす為に、アルゼンチンは自国向けの供給量を減らして、手取りの良い輸出向け、特に中国向けの輸出を急増させ、結果としてアルゼンチン国内の供給量が減り、価格が高騰して国民が満足する量や価格の牛肉が手に入らなくなって不満圧力が膨張していました。この事態に呼応して、輸出を一か月止めて国内に出そうとしたのが今回の政策です。

しかし、昨年実績で80万トン以上の輸出があったものが、一か月でも止まるというのは、7万トン近い量が出なくなるということ。しかも、アルゼンチン牛肉の7割が中国向けでしたから、中国では今週から一か月、5万トンの牛肉が中国で足りなくなる事態を引き起こした訳です。勿論、これに呼応してブラジルやウルグアイへの需要が増えますので、この両国にとっては美味しい話。でも、近年の中国の需要激増には両国とも輸出能力を増やして対応してきていましたから、容易にアルゼンチンの不足分を補える訳ではありません。

そこで発生するのが、中国と国交を持たないパラグアイ肉の横流し。abigeo=家畜泥棒という言葉は、他の国では聴きなれない単語ですが、パラグアイの新聞には高頻度で出てくる言葉なのです。https://www.abc.com.py/nacionales/2021/05/22/apresan-a-tres-abigeos-con-carne-en-horqueta/

今日のabc color紙でも、ブラジル国境に近いHorqueta市で家畜泥棒が検挙された事件を報じています。肉の値段の安い南米諸国の中でも、パラグアイのコストの安さは抜きんでています。従って直近5年間の間にブラジル・アルゼンチン・ウルグアイ等の富裕層がパラグアイ・チャコ地方の土地を買い漁って牧場にしていることは、これまでもお伝えしてきました。

また、パラグアイの大豆の最大の輸出相手が、同じ大豆の輸出国アルゼンチン・ブラジルであるというのは、隣国に輸出されたパラグアイ産大豆が原産地名を変えて、中国に輸出されていることの証左です。しかし牛肉においては大豆よりは遥かに厳しい個体管理がされていますので、安易にパラグアイ産牛肉が隣国を通過して原産地を偽って中国に輸出される訳にはいきません。

そこで発生するのが、家畜泥棒ということになるわけです。ブラジルやウルグアイが牛肉輸出に拍車をかけると、当然国内流通分が減りますから、これを補う為にパラグアイで盗まれた牛が隣国の市場に出回るという仕組み。
また、今回のアルゼンチンの輸出停止を受けて、中国政府も再びパラグアイ政府に対して「台湾と断交して中国と国交を結べば、長期的安定的にパラグアイの牛肉を買い付ける」という圧力をかけてきています 。
https://www.lanacion.com.py/negocios/2021/05/21/el-75-de-la-exportacion-de-carne-argentina-va-a-china-donde-paraguay-no-tiene-acceso-afirman/
経済政策の万年劣等生アルゼンチンの至らない政策の煽りを受けて、パラグアイは台湾との断交を迫られる危機を迎えている訳です。

ところで、最近まで大幅に米ドルに対して高値を維持していたパラグアイの通貨Guaraniがここに来て安値を付けるようになりました。結果として今週はガソリン価格の上昇を招いたのですが、abc color紙に掲載された以下の記事を見て驚いたのは、過去10年間パラグアイではガソリンの価格がほぼ変わっていなかったという事実。

隣国からのガソリンの泥棒に関するニュースは目にしたことはありませんが、パラグアイの安定性や生産性に日本の皆さんももっと目を向けて頂けると良いと思います。

5月30日発

新型コロナの累計感染者数は、35万人、回復者が29万人、亡くなった方が9千人という数字になっていますが、新規感染者の数は3月以降急増しています。ワクチン接種の対象年齢は徐々に引き下げられて、明日以降は1959年以前に産まれた人が対象になります。

ということで、遅々としながらも、ワクチン対策も進んでいるパラグアイですが、今週は救急医療現場での酸素不足が深刻化しているとの報道もありました。医療用の酸素は、空気中に約21%含まれる酸素を低温分離して製造するのですが、その配達が地域によって間に合わないという事態を招き、地方の病院で酸素不足が生じている訳です。

一方、通常のインフルエンザワクチンの接種も始まり、今週はショッピングセンターでもドイツ製のワクチンを無料接種していたので、先ずはこちらを受けてきました。

コロナワクチンの接種は、アスンシオン地域では、ドライブスルーで行われているのが一般的な様ですが、インフルエンザに関しては、以前からショッピングセンターで無償で行われていたものが、今年も始まったというもので、このあたりの社会サービスは非常に良いと感じます。

進化するパラグアイのショッピングセンターについて、ブラジルに移り住んだベネズエラ人Maribellaさんが、外国人視線から観たパラグアイの映像をYoutubeにアップしているのでシェアしたいと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=im4Az3jw2nU&t=37s
スーパーマーケットや市内観光案内版もありますので、最新のパラグアイ映像をお楽しみください。