執筆者：富田 眞三（米国テキサス州在住ブロガー）
写真：Dean Fikar 撮影
日本の年配のお方には、ジョン・ウエイン主演映画「アラモの砦」でおなじみのテキサス州・サン・アントニオ市のアラモ（The Alamo）が世界文化遺産に認可されたのは、2015年のことだった。アラモはテキサスがまだスペインの植民地だった、18世紀初頭にサン・アントニオ川畔にそって建設された、5か所の「サン・アントニオのカトリック伝道所群」の一つである、アラモの前身サン・アントニオ・デ・ヴァレーロ伝道所として世界遺産に認定されたもので、古戦場としてではない。
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19世紀末にヴァレーロ伝道所が閉鎖されて、宣教師たちがメキシコ・シティーへ去った後、伝道所は何とメキシコ軍守備隊の駐屯所に模様替えした。アラモの語源はこの守備隊員の多くの出身地がAlamo de Parrasだったからと言われている。アラモはポプラを意味する。他の4か所の伝道所群は、現在もカトリック教会として運営されているが、アラモだけは1836年のアラモの戦いの古戦場、いやテキサス独立の聖地として、テキサスのみならず、全国民の崇敬の対象となっている。
さて、問題はアラモの遺跡、即ち元伝道所は州の所有地であり、サン・アントニオ市が所有するのは、伝道所の前面の通称アラモ・プラザだけだが、市当局は観念的に、アラモはサン・アントニオ市のものだと信じていることにある。プラザは世界遺産には含まれていない。サン・アントニオ市はヒューストンに次ぐテキサス第二の都市だが、共和党色が圧倒的に強いテキサスに於いて、例外的に民主党が強い都市であることも、問題を複雑にしている。なかなか話がかみ合わないのだ。
アラモの前面に広がるプラザ（広場）前を横切る、そのものずばりのアラモ・プラザ通りの向こう側は、「聖地」には似合わぬ、観光客向けの土産物店、リプレイ博物館や蝋人形館、カフェ、レストランが軒を連ねる盛り場になっている。そして、アラモの右手前にそびえる、アラモ殉教者記念塔も移動することになっていた。この土地はすべて市の所有地である。
もう一つの問題は、どのような形にアラモ・プラザを復元するかである。そもそも、テキサスの人々は「アラモをどのように捉えているか」によって、二つのグループに分けることが出来る。
第一のグループは、「この聖地を1836年のテキサス義勇軍とメキシコ軍との戦いの古戦場としてのアラモに焦点を絞りたい」と考えている。
第二のグループの意見は、「かつてこの地に住んだ原住民の歴史とテキサス革命（アラモの戦いに続くテキサス独立戦争）時代の奴隷たちが果たした役割まで掘り下げたい」としている。そして、この両者の論争が５年も続いているのだ。
テキサスの学童たちは何代にも亘って、メキシコからテキサスの独立を勝ち取るためにアラモを死守した勇士たちを賞賛する歴史を学んできた。ところが、第二のグループに属する人々は、アラモの殉教者たちの中には、守備隊隊長のトラビス大佐やデイビッド・クロケットのように奴隷を所有していたものがいたことを問題視し出した。トラビス隊長は奴隷を所有していたが、連邦下院議員だったクロケットはそれ以前は熊狩り猟師やコメディアンとして活躍していたので、彼が奴隷を所有していた、という話は初めて聞いた。
アラモの戦いが起こった1836年当時のメキシコ領テキサスでは奴隷の所有は禁止されていたが、米国内で奴隷解放宣言がなされたのは、1862年だったため、多くの米国人移民はトラビスのように奴隷を伴って入国していた。そこで、移民たちは、奴隷に「給料」を支払う形にして、従業員と称して急場をしのいでいた。
同時に米国からテキサスに移民したアメリカ人は、その他にカトリック教徒に改宗すること、名前（苗字はOK）をスペイン語風に変えることを強制された。
絵画：(www.pinterest.com)
さて、2017年に発表された、アラモ・プラザ復元プランは伝道所には手をつけずに、プラザだけを整備して、世界一流の博物館を新築して、熱烈なアラモファンである、ロック・ミュージシャンのフィル・コリンズが寄贈したアラモ関係のコレクションを含む人工遺物を展示する、というものだった。このプランでは、1940年に建立されたアラモ記念碑は、南方向へ150メーター移動させて、歴史的メンガーホテルの前に置かれることになっていた。
これによって、見学者は1836年当時の伝道所（砦）の実像を見ることが出来るようにという配慮だった。一方、サン・アントニオの保守グループは、「記念碑は１インチも動かすな」という武装デモ行進までアラモ周辺で行って、記念碑移設反対を表明した。
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すると、パトリック副知事を含む、州共和党幹部は記念碑移設反対派に同調する動きを見せた。パトリックはアラモ復元を担当する、州土庁の対応が遅いとして、担当から外すと脅しをかけた。元フロリダ州知事ジェフ・ブッシュの息子であり、ブッシュ大統領の甥にあたる、この州土庁のトップのジョージ・P・ブッシュは、共和党内でパトリックの強力な政敵でもある。そんなとき、アラモは「BLM運動、黒人の命は大事だ」のサンアントニオ・グループまでが、反対運動に加わった。その結果、昨年の夏、彼らは記念塔に「白人優越主義者！」と赤のスプレーで落書きをした。なお、アラモの200人弱の戦死者中、黒人はゼロ、メキシコ系は26人だけだったことからも分かる通り、アラモの犠牲者の大部分は白人だったのだから、この抗議はピント外れである。
記念塔を巡る以上のごたごた騒ぎは、去年（2020年）の9月、州知事によって任命された委員から構成された、テキサス州歴史委員会が、「記念塔移設禁止」を票決して決着がついた。ところが、この決定にアラモ復元計画募金団体の半数の会員が不服申し立てを行って脱会してしまったため、今度は資金集めに赤信号が灯った。何しろ、数本の道路の付け替え工事を含む総工事費は日本円にして、5000億円にも達する大事業なのである。
テキサス州歴史委員会の決定は、サン・アントニオ市議会による、復元計画の新たな承認決議を余儀なくされた。年末からブッシュとサン・アントニオ市長のニーレンバーグはアラモ復元計画を如何にして蘇生させるかを折衝していた。そして、この3月、サン・アントニオ市長は、異例ともいえる決断を行って、市議会のアラモ関連の二委員会の委員長として、記念碑移転を強力に推進していた、R.トレビーノを交代させたのである。
4月に入るとすぐ、市議会は「アラモ・プラザの大部分を最低50年間、テキサス州政府に賃貸すること、記念塔は動かさないこと」の二点を決議した。ニーレンバーグ市長は、「復元計画そのものは、一つの記念碑よりはるかに重要です」とTVのインタービューで話した。「そして、この考えは大部分のサン・アントニオ市民共通の意見だと思います。記念碑は動かさずに復元作業を継続します」と市長は宣言して一件落着した。
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数日後、ニーレンバーグとブッシュはそろってアラモに於いて行われた、アラモの戦いでテキサス軍が使用した、大砲（複製品）の序幕式に参列した。こうして、アラモ・プラザの復元が再開された。
繰り返しになるが、ユネスコが世界遺産に認定したのは、18世紀初頭に建設された、５ヶ所の「サン・アントニオのカトリック伝道所群」だった。そのうちの1か所が後年アラモ（の砦）として有名になった、サン・アントニオ・デ・ヴァレーロ伝道所なのだ。
伝道所の前に広がる、通称アラモ・プラザは、世界遺産に含まれていないため、サン・アントニオの住人たちは1836年のアラモの戦い当時の姿に復元しようとしているのである。
このアラモ・プラザ復元事業を書くにあたって、各種の資料に目を通したが、誰一人、世界遺産に認定された、「サン・アントニオ・デ・ヴァレーロ伝道所」に言及した人はいなかった、のには正直驚いた。
サン・アントニオとテキサスの住人たちにとって、アラモは将にテキサス独立の「聖地」なのであり、２世紀以前に存在した伝道所としてのアラモには関心がないに等しい。というよりも、アメリカ人は他の国々と異なり、世界遺産認定に重きを置かないのだ。グランドキャニオンを訪れたとき、入場券、パンフレット、看板、HPのどこにも「世界遺産」とは案内されていなかった、ことを思い出した。
蛇足ながら、アラモは陥落したが、数日後、ヒューストン将軍が率いる正規のテキサス軍はメキシコ軍を破り、テキサスのメキシコからの独立を宣言して、テキサス共和国を誕生させた。その10年後の1846年、テキサス共和国はアメリカ合衆国と併合して、テキサス州となった。（終わり）
