本書は、長く戦争や災害などの悲劇の記憶を辿る旅を意味するダークツーリズムの研究をしてきた観光学者(現在は金沢大学国大基幹教育院准教授)が、世界遺産とどう対峙すべきかという利用者側からの観点からまとめた解説書であるが、うちP.171~208を「付章 カリブの旅」として、西インド諸島を「世界遺産とダークツーリズム」というテーマを持って、まずセントクリストファー・ネイビス島のセントキッツ島を訪れ、先住民に関する展示がほとんどない国立博物館と、多くのクルーズ船の船籍国となってその豊な旅客と現地住民の格差が圧倒的な港町から、途中日本の ODA 援助で建てた水産加工施設を見ながら、旧宗主国英国築いたブリムストーン要塞を訪ねたが、世界遺産が観光資源となりその由来の奴隷貿易移送地を護るためであった、列強の植民地政策の正当化ではとの疑問を持つ。次に訪れたアンティグア・バーブーダでも、レンタカーを借りて初めての訪問地のセオリーに従い国立博物館を訪れたが、ここでも奴隷はアフリカからの黒人ばかりではなく、借金を返せなかったため奴隷化した白人が労働力として英国から送り込まれたたことを知る。ここでの世界遺産はネルソン提督のドックヤード(海軍造船所)であるが、これも18世紀大英帝国のテーマパークとも言うべき趣だったが、世界遺産登録の条件が修繕は元に戻すことが義務づけられているために、再現するための技術者集団が必要であり、観光関連だけではなく伝統文化への技術需要発生による雇用創出効果があることは認められるのである。
これら2島の世界遺産を考えるとむしろ産業遺産である製糖工場跡は、大英帝国の栄光という光と残虐な奴隷労働の歴史という影の二面でとかく観光客向けに前者が強調されがちであるが、これを有機的に結びつけて観せる方法も可能だろうという。その中で旅行の楽しみである「食」については、黒人奴隷の末裔たちが建国した2島では楽しめるレベルの食事には出会うことはなく、フランスの勢力圏に入ったベトナム等で現地料理と融合した食文化があるのに、それが発達しなかったのは英国植民地だったせいかと著者は思う。観光支援はホテルやアトラクションだけではなく、美味しいものを作るための支援も検討すべきと指摘している。
〔桜井 敏浩〕
(文藝春秋(文春新書) 2021年5月 224頁 1,100円+税 ISBN978-4-16-661313-7 )