連載エッセイ115:硯田一弘 「南米現地レポート」その24 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ115:硯田一弘 「南米現地レポート」その24


連載エッセイ112

南米現地レポート その23

執筆者:硯田 一弘(アディルザス代表取締役)

8月2日発

北半球では異常気象による降雨や猛暑の被害報道が目立ちますが、パラグアイにおける今冬の寒波は過去に例を見ないレベルになっています。ブラジルではコーヒーが霜害を受けて収穫量の大幅な減少となるとのニュースもありますが、パラグアイでもトウモロコシや小麦等の穀物だけでなく、露地作物全般への寒冷被害が問題になっています。ウルティマ・オラ紙は ”Heladas no dan tregua y preocupa daño en cultivos de maíz y trigo”(休みなく襲う寒波によってトウモロコシと小麦の収穫に懸念)と報じています。


霜の被害を受けた収穫前のトウモロコシはこのまま立ち枯れることになります。

ブラジル南部では降雪もあったようです。コーヒーだけでなく、色々な作物が被害を受けていますので、今後の世界の食品の供給や価格変動に影響が出ることが懸念されます。
https://www.newsweekjapan.jp/worldvoice/matsuo/2021/08/brasil-helada.php

中断と言えば、アルゼンチンがブラジル・パラグアイ・チリとの国境を閉じて一年半以上が経過しており、国境付近の街の経済もこの気候同様に冷え込んでいます。

↑ コロナ禍以前  ↓ 現在のブラジル・アルゼンチンの国境の橋付近

先週、東京オリンピックが始まっても映像が見られないと書いたところ、大勢の方からネット視聴の方法などの御指導を頂きました。しかし、ネットでは使っている地域を特定することが可能なので、日本のテレビのサイトを覗いてもブロックされてしまいます。ということで、日本のテレビがほぼオリンピック一色になっている今週は毎日朝から晩までShowTime。と言っても大谷翔平選手の活躍が流れるのではなく、火野正平さんの自転車旅番組が延々と流れていました。

ニュースも大幅な時間短縮で、オリンピックに賭ける日本政府の意気込みを感じさせられる一週間だったと言えます。でもこちらでは、パラグアイ選手の報道も限定的で、世界レベルでも日本の様な熱狂は感じられていないのだろうと感じます。オリンピックによるマトモな番組放送の中断も早く終わって欲しいものです。

8月9日発

昨日土曜日、アストラゼネカの二回目ワクチン接種が行われ、早速出掛けてきました。お蔭様で無事に二回の接種を終えられたのですが、入荷数が少なかったようで、ユックリ出向いた多くの人達や、人気の高い接種会場では長い行列が出来ていたようで、日曜日の昼までには品切れとなったようです。

ところで日本のオリンピック中継が終盤を迎えていた木曜日の朝、テレビニュースで大統領が農牧大臣と商工大臣を従えてcáñamo industrial=工業用大麻の加工工場を視察している生中継が放送されました。

cáñamoという単語は聞きなれないと思って調べてみると、通常cannabisと表現されているものの、同じCannabisの仲間でも麻薬であるMarihuanaと区別する為にcáñamoという固有名詞を使う様になったようです。ウルグアイで合法化された時に話題になった大麻ですが、向精神作用の強いTHC(9-テトラヒドロカンナビノール)の含有量が多いモノがMarihuanaで、少ないモノがヘンプと定義される様で、パラグアイで産業化が進められるのはCBD(カンナビジオール)成分が主で、医薬用途で使われるものだそうです。

パラグアイでは昨年2月に産業用の目的で製造することが正式に承認され、大麻で作った色々な製品が欧米に出荷され始めたとのこと。
https://www.lanacion.com.py/negocios/2021/08/04/paraguay-se-convierte-en-lider-mundial-del-cannabis-industrial/

コロナのワクチンにしても、色々な会社が製品を出して流通しているものの、どれが良いのか厳密なところは判りません。医薬用の大麻については、日本でも使用が認められる方向で法改正の準備が進んでいるようです。大麻というと、麻薬の原料で危ないというイメージを持たれるかもしれませんが、国が厳格な管理規定を作り、そのルールの下に安全な製品が製造されるのであれば、これは前向きに捉えて良い動きと思われます。一方で、危険薬物としての大麻のリスクもシッカリと理解して、安心安全な製品作りを心掛けていきたいものです。

因みに、今まで生活の中で便利に使ってきたプラスチックも、世界中のあちこちで環境問題を引き起こしたり、ガソリンやディーゼル等の燃料が大気中のCO2濃度を増やし気候変動の原因になっていると問題になっているのはご存知の通り。どんなモノにも良い面と悪い面の両方の顔があることを、カニャモの功罪を調べていくうちに気付かされました。

8月16日発

3月にescasez=不足・窮乏というタイトルで、激しいインフレの結果新紙幣100万札の新札発行のニュースをお伝えしたばかりのベネズエラですが、僅か4カ月で100万分の1の切り下げが発表されました。このニュースは、報道各社が色々な中身で差別化を図っていますので、是非ご覧ください。

時事通信:https://www.jiji.com/jc/article?k=2021080600270&g=int
ブルームバーグ:https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2021-08-06/QXE0SGDWLU6X01
日経新聞: https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN05F8V0V00C21A8000000/
朝日新聞: https://www.asahi.com/articles/ASP864417P86UHBI00V.html

ベネズエラの新聞El Nacional電子版の記事のタイトルが”Pesca a vela y taxis a pedal en el Zulia, un estado seco de gasolina”(漁民は歩掛け船、タクシーはペダルで漕ぐガソリン不足のスリア州)というもの。4月にcalvario(十字架の道行き)という題で燃料用タンクローリーを人々が手押しする写真を御紹介しましたが、ついにガソリンすら出回らなくなって、人力や風力で生計を立てなければならなくなったという記事。
産油国ベネズエラにおける石油産業往年の中心地、マラカイボの悲しい現実が紹介されている訳です。

無事に閉幕した東京オリンピックでは、難民選手団の活躍も話題になりましたが、イギリスの経済紙The Economistでは世界の難民事情についてのレポートを掲載しており、南米におけるベネズエラ難民問題の大きさを示すデータになっています。

https://www.economist.com/graphic-detail/2021/08/06/week-in-charts-where-do-refugees-seek-safety

今日の言葉velaはポルトガルでも同じ、帆船の帆・ろうそく・徹夜(の仕事)という複数の意味を持つ単語です。30年前まではラ米随一の成金国家として豊かな生活を享受してきた産油大国ベネズエラが今、自然と人力依存生活への回帰している現象は、気候変動という大しっぺ返しを受けている世界中の人間社会の未来の方向性を示す灯なのかも知れません。因みにグルメ大国でもあるベネズエラからパラグアイに避難してきた移民は居ますが、食にまつわる仕事で活躍している人も多く、パラグアイの食文化を豊かにしてくれる効果をもたらしています。

そのベネズエラ食でも最も普遍的な食べ物Arepaを供するフードスタンドが拙宅の近所のショッピングセンターにあり、今夜はここでアスンシオン市制484年を祝う移動コンサートが開かれました。演奏したパラグアイのブルースバンドVERSIÓN PALMA LOMA BLUES

ベネズエラ政府が優秀な自国民を国外に排除する政策を続けている結果、食文化でもパラグアイの帆を膨らませる追い風が吹いています。

8月23日発

先週までは朝晩一桁温度の寒さに震えていたアスンシオンですが、今週は一転して気温が急上昇し、日中37℃になり、且つ長らく雨が降っていない為に各地で野火が発生し、アスンシオンの街は煙霧に包まれた週末となりました。週末の主要各紙は一面で視界のボヤけた様子を報じています。

こうした野火は全国7000箇所以上で同時多発しており、個々の原因については解明されておらず、自然発生なのか無分別による失火なのかは不明ながら、乾燥が続いた中で生じた高温気候によって一気に燃え広がった模様です。 En todos los casos, los incendios fueron provocados, ya sea por accidente o por imprudencia y no poder manejar el fuego, teniendo en cuenta la época de sequía.

日本では再びCovid-19の感染が拡大して非常事態宣言適用の地域が広がっていますが、野火はパラグアイだけでなく、隣国ブラジル・ボリビアでも発生しており、世界的な気候変動の激化をもたらすとの懸念も強まっています。
https://www.bbc.com/japanese/video-58266683

この旱魃により、パラグアイだけでなくブラジルやボリビア・アルゼンチンの内陸貨物輸送の大動脈であるパラナ・パラグアイ川水系の水位も過去最低だった昨年レベルに近づきつつあり、昨日時点のアスンシオンにおける水位は僅か1㎝にまで低下しています。

この旱魃と、今冬度々訪れた寒波の霜害によって農作物が大きな被害を受けて生産量が減っており、且つ水位低下によって水運コストも上昇すると思われ、世界の穀倉地帯である南米南部の気候についても日本の皆さんにも注視して頂く必要がある状況となっています。

8月30日発

暑かった先週末から週が明けてまた冬の気候が戻ってきました。そんな中、今週はArrocera=コメ生産会社の友人の厚意で彼が運営する圃場を見せて貰いました。アスンシオンからパラグアイ川に沿って120㎞川下にあるこの会社、所有面積18,000ヘクタール(以下ha)のうち、コメの作付面積が8,000ha、その他にも大豆750haや牧畜・魚の養殖も営む大規模という農業法人です。写真ではとても表現しきれない広大な圃場、映像でご覧ください。 

この田圃、一枚(畔で囲まれた範囲)の面積が150ha、1haは100m x 100mですから、1km x 1kmのサイズです。因みに日本では1反という単位が用いられますが、これは991.74㎡=約0.1haですから、日本の田圃の1500倍の大きさということです。従って、使われる農業機械も大規模で、GPS付のトラクターもコンバインも数千万円のモノ。これを何台も保有して150人の従業員を擁して経営されています。

この会社、2015年に立ち上がったばかりで、はじめの頃はマトモな道路も通っておらず、必要な資材は川を使って運んだとの事。30年前にベネズエラでメタノールの工場を建てることになった時も、当時タダの海岸だったところに大型機材を持ち込むのに、近隣の港で艀に積み替えて浜辺から引き揚げたことを思い出します。

ともかく、発足から僅か5年余りで、日本なら群馬県・静岡県・大分県の生産量に匹敵する年間8万トンのコメを生産できる立派な農地を作り上げた人たちの尽力には脱帽です。栽培している品種は長粒のインディカ種、苗を水田に植え付けるのではなく、耕起した畑に機械で溝を作って肥料と一緒に種籾を落とし、太いチェーンで地ならしして覆土する方式です。長期間にわたって旱魃に見舞われているパラグアイで、発芽するのかと思いましたが、芽を出しています。

播種が終わって発芽が確認されると、パラグアイ川脇の取水場から汲み上げた水を各田圃に引いて行きます。その量は1haあたり7,000㎥/年。今年は1,000ha面積を増やして9,000haとなるので、総需要は63百万㎥、東京都水道局の供給量の15日分相当の水を川から汲み上げる計算です。

パラグアイのスーパーで販売されている長粒種の安いコメの価格はUS$1/㎏程度、ブラジルのサンパウロでも似たような値段ですから、出荷価格は応分のモノだとすると、栽培面積はもっと増やす必要があるようです。因みに日本のコメの値段はキロ5ドル程度。コロナ禍の影響で消費が減って産業として今まで以上に大変な状況に陥っています。パラグアイのコメには南米域内という大市場がありますし、そもそも品種の違いからアジア市場を脅かすものではありません。ただ、栽培規模の違いや市場の将来性については、日本の皆さんも知っておくべきテーマと思い、御紹介しました。

さて、今週はまたCNNがパラグアイについて「南米の際立った観光資源の宝庫」として紹介してくれました。
https://www.lanacion.com.py/negocios/2021/08/27/cnn-destaca-a-paraguay-como-el-tesoro-turistico-mejor-guardado-de-sudamerica/

この写真を観てもピンとこないかも知れませんが、少しずつでもパラグアイの魅力に気付く人が増えることを期待します。
https://cnnespanol.cnn.com/gallery/fotos-tesoros-turisticos-paraguay-orix/