20世紀初め英国の領事としてコンゴ、アマゾンに赴いたアイルランド人のケイスメントは、そこで見た植民者の先住民に対するすさまじい虐待、殺害等の不正義を見て告発したが、植民地の支配層を敵に回すことになった。後に第一次大戦中には大英帝国の過酷な支配と搾取に苦しんできた祖国アイルランドの独立を謀って敵国ドイツを利用しようとしたため、反逆罪で捕らわれ、彼を知る人たちからの恩赦の請願は無視されて1916年に絞首刑となったが、その背景の一つには当時社会的制裁が厳しかった同性愛者であったことも影響した。
実話を基に綿密に取材し、事実と虚構、過去と現在を行き来しつつ物語を展開するという著者バルガス=リョサの得意とする文学手法を駆使して、読む者をケイスメントの生き様、植民地主義の告発の姿、そして処刑を待つ心情の流れに巻き込んでいくのはさすがである。小説はコンゴ、アマゾン、アイルランドと彼が活動した地域ごとの3章で構成、最後に彼が刑死後無名墓地に埋葬されていた遺骸が1965年にアイルランドに返還され市民から英雄として迎えられたエピローグに至っている。
うち、ペルー、コロンビア、ブラジルの国境地帯のアマゾン河流域を舞台に、天然ゴムの採取・加工を牛耳るペルー・アマゾン・カンパニーに対して、彼が働きかけて派遣させた英国調査委員会との攻防、ペルー大統領やイキトス、マナウスの知事や会社の幹部や労働者の監督、虐げられる先住民の姿は147~377頁に詳述され、作家の母国でのケイスメントの果敢な闘争と悲しみに満ちた人間的な陰影が描かれている。
〔桜井 敏浩〕
(野谷 文昭訳 岩波書店 2021年10月 550頁 3,600円+税 ISBN978-4-0006-1474-0 )
〔『ラテンアメリカ時報』 2021/22年冬号(No.1437)より〕