連載エッセイ168: 新井賢一「南米コロンビア・雲と星が近い町から」その3 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ168: 新井賢一「南米コロンビア・雲と星が近い町から」その3


連載エッセイ 165

「南米コロンビア・雲と星が近い町から」その3

執筆者:新井 賢一(Andes Tours Colombia代表 ボゴタ在住)

試されるコロンビア国政史上初の左派政権

既にご存知の通り、先の選挙でグスタボ・ペトロ候補が勝利しコロンビア国政史上初の左派政権が誕生する事になりました。これは国内外で驚きをもって受け止められています。選挙結果を受け経済市場は敏感に反応し、為替レートは一気にコロンビアペソ安、株式市場も新政権下で影響を受けると見られる銘柄は軒並み相当幅の下落となりました。ご祝儀相場とは真逆・つまり「失望売り」という事でしょう。

 長い歴史の中で史上初の左派政権、すなわちコロンビアは独立以来一貫して中道に近い政策を取ってきました。これは殆ど知られていませんが、治安が悪いとされるコロンビア、実は国家財政的には安定していて独立以来一度も財政面で国家破綻を経験しておらず、現在の一ドルあたり約4,000ペソという単位は一度もハイパーインフレを経験していない中で長い年月を経て今日の単位に至っています。通貨単位切り下げや名称変更を経験していないのは私が知る限り南米ではコロンビアとチリの二カ国のみです。

 ペトロ新政権によりこれからの4年間どう「変革」するのか、国内外から注目を集めるのは間違いないでしょう。その中で世界中の左派政権にほぼ共通しているのが「弱者救済」「経済格差是正」の謳い文句です。これは見事なまでに一致しており、今回の選挙ではペトロ候補は主として中産階級以下の所得層・そして投票権を持つ若者からの支持を得ました。この層はピラミッドで言えば中間から底辺を構成しており、すなわち数が多いという訳です。

 そしてこれも特に中南米各国に共通しているのが、現在まで左派政権が歴史的成功を収め国家が飛躍的に発展した事例が殆どなく、現在のペルーやチリのように民衆が選んだ左派系大統領にも関わらず就任数ヶ月で支持率が激減、過去の例では罷免・失脚・クーデター・亡命等の末路をたどった指導者が実に多い事です。ペトロ新大統領もかつて首都ボゴタ市長時代にゴミ収集事業で首都を大混乱に陥れた「職務怠慢」を理由に行政監督長官から罷免された事があります(後に罷免無効・職務復帰)

私はペトロ新大統領がボゴタ市長をしていた時(2012-2015年)を知っています。この時は
ペトロ氏の独断(民間業者排除・事業を一方的に自身が指名した一社に公社化)に怒ったゴミ処理業者各社がボイコットを起こし首都のあらゆる場所で収集されないゴミが山積みとなり、市民の怒りは相当なものでした。その結果ペトロ氏は自身で決めた事の撤回に追い込まれ、果ては政府の監督機関トップから罷免された次第です。ボゴタに住んでいる若者たちはあの時のペトロ氏の市長としての手腕を知りません。

左派政権の特徴として他にはベネズエラやニカラグアのような「独裁政権」にも至っています。私に言わせれば左派指導者に投票した人達は「変革」「貧困からの脱却」を成し遂げてくれるものと思って票を投じたのではないですかと問いたいです。前述の「弱者救済」「貧困格差是正」の為に国家資金を投入する事自体に何ら異議はありません。重要なのは世界中の左派政権の殆どが掲げる「富裕層への課税強化・締め付け」「内需重視」「貿易協定の見直し」「国家間同盟の見直し」などをする事で経済が停滞した場合、弱者救済・格差是正する為の財源をどのように確保するかです。この事を抜きにして「富める者は悪」と位置付けるのが左派政権お決まりのパターンです。

ペトロ新大統領については国家を発展させる為にどうすれば良いのか、例えば「正規雇用を〇〇万人増やす」「〇〇ペソをかけて国家競争力を高める」と言った「具体的な数字」を示さず、理念・理想・目標を言葉でしか示していないのが気になります。これは新副大統領となるフランシア・マルケス氏も同様でした。貧しい人々がより良い暮らしを得る、その為には具体的にどうすれば良いのか、現時点で具体的な政策方針は全く示されていません。自らの力で変化を遂げるのは良い事です。では、具体的に何をどうすれば「結果」として変化出来るのか、その点を注視しています。

ところで今回の選挙戦で特筆されるのが、敗れた中道・若しくは右派の支持者達は応援した候補が敗れた事で結果を拒否する暴動を一切起こさなかった事です。ペトロ新大統領は近隣左派政権との連帯、軍・警察の一部解体や縮小を公約に掲げていました。

昨年、将来に備えた増税法案提出を機に国内で発生した大規模抗議行動は死者を出す大惨事になりました。その中で機動隊(ESMAD)の鎮圧行動により命を落とした人々の関係者は「殺された」と訴えていますが、そもそも暴力・破壊行為を伴う抗議行動を起こしたのは左派の人々です。そのような行動の為に争乱の場にいなければ命を落とす事はありませんでした。今回の決選投票でも明らかになった通り、左派の人々は不満があればデモなどの「実力・武力抗議行動」を起こし、右派の人々は暴力には出ず言論で反対するか若しくは甘んじて結果を受け入れる(全ての事例ではありませんが)という対照的な二面性です。

 これは首都ボゴタの”Heroes”(英語で言うところのHero’s)と呼ばれている一角を撮影したものです。名前の通り、ここには「かつて」コロンビア独立軍がスペイン軍と戦った独立戦争の英雄達の名を刻んだ大きなモニュメントがありました。

 左画像は2019年末、帰宅時に撮影したものが残っていました。この時は夕焼けがとても美しく、モニュメントの前には馬に乗ったコロンビア独立の英雄・そして初代大統領となったシモン・ボリーバル像が夕陽を背に君臨していました。

中画像は2021年6月に発生した国内大暴動の折、首都ボゴタにおける左派達が集結した後の光景です。モニュメントには無数の落書きが施され、ボリーバル像は撤去されていました。あの時はこのモニュメントが暴徒達の集結の場所となり、ここを拠点にデモ・破壊活動が繰り返されました。

そして右画像は直近(2022年6月現在)の同じ場所を撮影したものです。独立の英雄達の碑は完全に撤去されました。コロンビア独立の英雄達に何の罪があったというのでしょうか。

今回の決選投票結果を受けてパスポートの申請が一気に増え、手持ち資産を国外に移す(=ペソ安)目に見える反応が象徴的です。私自身はこのコロンビアにおいて大統領を選ぶ投票権を持っていないのでペトロ新大統領について直接的に支持・不支持の意見を述べる事は出来ません。これからの4年間で「劇的な変革」が公約通り実現されるのか注視します。
ちなみに私はペトロ新大統領が昔ゲリラ組織のメンバーだった、マルケス新副大統領が初の黒人系という事を多くのメディアが報じていますが私はその事には関心がありません。政策重視・注視の立場です。