マリア・ジビーラ・メーリアン(1647~1717年)はドイツ生まれの自然科学者で画家。幼少時代から蝶、蛾、昆虫の変態に興味を持ち、欧州と南米で調査した成果を図解した本を多数出したが、それらは科学書であると同時にアートといってよい生命感溢れる美しい画だった。制作当初から高く評価され、英国のジョージ三世の科学蔵書に加えられた。
1691年に優れた画家でもあった娘たちとともにアムステルダムに移住したが、そこでオランダが1667年に英国から奪って植民地としたスリナムの植物や昆虫のコレクションを見たことから、野生状態の昆虫を研究するために21歳の末娘とともに1699年にパラマリボに渡った。かなり辺鄙な農園まで赴き蛾や蛙などを観察し成果を上げたが、暑さに因る原因不明の病気に罹り1701年には滞在を打ち切りアムステルダムに戻った。
『蟲愛ずる女』は彼女の芸術、自然とともに行き、画家、科学者、妻、母としての生き様、オランダへの移住、そして52歳で決断したスリナムへの命がけの危険な発見と冒険の旅、高温多湿の中での生活、当時の南米北部の砂糖大農園の様子、そして5年程度の滞在を切り上げてアムステルダムに戻った後のスリナムの驚きの共有のための本の出版に向けての工夫などを綴っている。
1705年にアムステルダムで出版された『スリナム産昆虫変態図譜』は60の動植物、実物大の昆虫を正確に描いた大型図版を掲載した、科学的にも美術的にも優れた図鑑として、すぐ欧米で高く評価されコレクターの注目するところとなった。『Butterflies』にはスリナムの花、蝶、蛾、それらの幼虫から蛇、鰐に至る図が55~174頁にわたって載せられており、その精緻さ、美しさを堪能することが出来る。
〔桜井 敏浩〕
(『蟲愛ずる女』 中瀬悠太監修 Kotaroh“Yogi”Yamada訳 エイアンドエフ 2022年3月 168頁 3,400円+税 ISBN978-4-909355-29-4 )
(『Butterflies』 堀口容子訳 グラフィックス社 2018年4月 189頁 2,500円+税 ISBN978-4-7661-3153-6 )
〔『ラテンアメリカ時報』 2022年夏号(No.1439)より〕