執筆者:深沢正雪(ブラジル日報編集長)
この記事は、ブラジル日報WEB版の2022年12月13日付けのコラムに掲載されたものを、同紙の許可を得て転載させていただいたものです。
傷ついた在日ブラジル人マルコス(サガエ・ルカス)に語りかける陶器職人役の役所広司(提供=©2022「ファミリア」製作委員会)
「日本人の通訳をさせてもらって、ああ、なんか幸せを感じるなって思ったんです」。知り合いの24歳の日系3世女性が今月、日本に旅立った。彼女は落ち着いて清楚な雰囲気を持ち、物わかりが早い。とても芯の強さを感じさせる。
パンデミックの間、地球の反対側にいる日本人の彼とオンラインで遠距離恋愛をしていた彼女が、ようやく訪日就労ビザが出て会いに行くことになったと聞き、二人の出会いなどを聞いたら、少し恥じらいながらそう答えた。彼女は愛知県で生まれ育った3世で、普通に公立学校に通っていた。だが12歳の時、リーマンショックに襲われ、親に説得されてブラジルに戻った帰伯子女だ。コロナ規制で訪日ビザが発給されないまま2年以上が過ぎ、しびれを切らした彼からは「これ以上待てない」とまで言われていたという。
おそらく彼女が日本にいたら、10人中9人が「普通の日本人」と誤解するだろう。日本語の能力は高いが、人生の半分をブラジルで過ごしたせいで、語彙数は日本の日本人ほどではない。だが性格は、今の日本では珍しいぐらい「大和なでしこ」という言葉が似あうタイプだ。
そもそも日本人側からすれば「通訳させてもらって幸せを感じる」などと言われたら、有難すぎてと恐縮してしまう。パンデミックが始まっていた21年、短期駐在できていた彼を現地通訳としてサポートしたのが出会いだったそう。その間、わずか2カ月。彼が帰国してからもSNSのやり取りが続き、いつしか付き合うことに。
国籍こそブラジルだが日本育ちなので、帰伯時はポルトガル語ゼロの状態で当地の学校に転入した。「授業の内容が全然わからなくて、毎日泣いていました」と思い出す。でも真面目さが功を奏していつの間にか学業成績は優秀になり、大学まで入学したが「何か自分に合わない」と自主退学した。いつしか「日本で大学生活を送りたい」と思うようになり、日本語の勉強に励んで検定試験1級も取得した。
「うちの両親ひどいんですよ。12歳の時、『帰りたくなったら、いつでも日本に帰っていいから、とりあえずブラジルに行こう』って言われて、『それなら』ってこちらに来た。なのに、いざ日本に行きたいって言ったら大反対するんですよ」と憤慨した様子。聞けば、日本の彼はバツ持ち男でだいぶ年上らしい。付き合い始めた最初の頃、彼からも「なんでバツ持ちの俺なんかに」と言われたという。それもあって両親は反対しているという。
ブラジルに住む日本人としては、彼女のような日本大好き日系人が活躍できる多様性を持った日本社会であって欲しい、彼女が日本を嫌いになるような体験をしないでほしいと願うばかりだ。
陶芸を息子に教える様子(提供=©2022「ファミリア」製作委員会)
この3世女性の話を書きながら、ふと、先日オンライン試写を見た映画『ファミリア família』(成島出監督、配給:キノフィルムズ)のラストシーンをふと思い出した。
在日ブラジル人を主要登場人物にしていて、しんみりと心に染みる深い余韻を残した映画だったからだ。23年1月6日(金)から新宿ピカデリーほか日本全国で公開予定。残念ながらブラジルでは見られない。
役所広司と吉沢亮が親子役となり、さまざまな違いを乗り越えて〝家族〟を作ろうとする骨太の人間ドラマだ。その主要な役どころに在日ブラジル人が抜擢されている。脚本を書いたのは、いながききよたか。愛知県瀬戸市の窒業の家に生まれ、すぐ隣の豊田市には在日ブラジル人が集住することで知られる保見団地がある。日本最大の在日ブラジル人集住地の愛知県で生まれ育った脚本家ならではの、身近な題材や実際に起きた事件を取り入れて書き上げたオリジナル脚本だ。
彼は、名古屋発祥で実在する遊べる本屋「ヴィレッジヴァンガード」を舞台にした青春ドラマ「ヴィレヴァン!」(メ〜テレ制作、2019年)の脚本家としても知られる。学生時代に1年間バイトした経験が元になって同作品が誕生したという。
今回の映画の舞台となった保見団地は、トヨタ自動車の関連工場が集中する地域にあり、60棟を超えるマンモス集合住宅で、3900戸には約7千人が暮らしており、その半数近くが外国人、中でも圧倒的多数がブラジル人と言われる。
冒頭シーンを見て、1997年10月に同県小牧市で起きたエルクラノ君暴行死亡事件を思い浮かべた。名鉄小牧駅前にいた日系ブラジル人の少年らが日本人少年グループに襲われ、逃げ遅れたエルクラノ君が暴行を受け死亡した事件だ。当時かなり波紋を呼んだ。
保見団地での飛び降りシーンなど実際の事件を参考にしたような場面があちこちに見られ、正直言って、舞台が日本だけにショッキングだ。日本の地方都市をモデルにしているはずなのに、登場人物の大半が外国人で台詞の多くはポルトガル語、そして実はそこが世界的な大事件とつながっていることが明らかに・・・。
11月22日に新宿で行われた完成披露上映会の様子。左からスミダ・グスタボ、ワケド・ファジレ、サガエ・ルカス、役所広司、吉沢亮、右端が成島出監督
なんと役所広司、吉沢亮、松重豊、中原丈雄、佐藤浩市、室井滋と共演
オーディションで選ばれて今回初めて演技をする在日ブラジル人青年らを支えるように、数えきれない国際映画祭で主演男優賞などを受賞した役所広司、21年の大河ドラマ『青天を衝け』で渋沢栄一役を演じた新進気鋭の吉沢亮が物語を進行させていく。それを『孤独のグルメ』でも有名な松重豊、テレビの刑事物ドラマでもおなじみの中原丈雄、佐藤浩市、室井滋ら大物俳優がしっかりと脇を固める。
またブラジルの若者の間でも大人気の「サムライ・ギタリスト」のMIYAVIがブラジル人に対立する半グレ集団のトップとして登場する。そして『八日目の蟬』『ソロモンの偽証』『いのちの停車場』などの数々の話題作、骨太の人間ドラマを世に送り出してきた名手・成島出監督だ。
マルコス役のサガエ・ルカス。右に役所広司
山里に暮らす陶器職人の父・誠治(役所広司)と、海外で活躍する息子の学(吉沢亮)、隣町の団地に住む在日ブラジル人青年マルコス(サガエ・ルカス)の3人を軸に進行し、国籍や言葉などの違いを乗り越えて強い絆で〝家族〟を作ろうとする人々を描く。
とくにマルコスは物語の鍵を握る存在で、半グレに追われて厳しい状況で生活をしながら、次第に誠治と心を通わせる。
11月22日に新宿ピカデリーで完成披露上映会が行われ、舞台挨拶があった。本紙東京支局も招かれ取材した。その際、成島監督は在日ブラジル人俳優に関して「彼らは今お利口にしていますが、オーディションでこれだったらすぐに落ちてました。本当は言うことを聞かない野良犬みたいな連中なんですけど、それがどうにも可愛くて一緒にやってきました」と深い愛情をこめて評した。
さらに「彼らはトヨタなどの工場で働きながらこの撮影に参加してくれた。だからとてもリアルなんですね。それがスクリーンに映り込んでいる」とあえて素人を重要な役に起用した意図を説明した。
役所広司も「彼らは成島監督のしごきを受けて、生き生きと良い仕事をしていると思います。監督は僕たちのことを見てないんじゃないかというぐらい(笑)、新人の俳優さんたちを愛情こめて見守っていました」と挨拶した。
あるブラジル人役者は「役所広司さんは現場で、あなたの国で撮影した経験があるよ。少しポルトガル語もしゃべれるよと話しかけてくれて、和ませる気配りをしてくれた」との話も。司会者が「えっ、ポルトガル語で会話できるんですか」と役所広司に問うと「単語だけ」と恥ずかしそうに笑った。
見どころの一つは舞台となった保見団地で、一日がかりで撮影されたというシュラスコのシーンだ。実際にそこに住んでいる人も出演する中、ブラジル人の日常生活をリアルに感じさせる。そこにあの役所広司がいるというシーンにとても不思議な感じがした。
ワケド・ファジレ
初映画出演を果たした在日ブラジル人サガエ・ルカスも「普段はテレビの向こう側にいる人たちと、このような形で共演することができるなんて、想像もしていなかった」「役所広司さんを前にしていざ本番をしてみたら、自然にシーンの気持ちになり涙が流れてきた。役所さんの演技のすごさを感じた」などとしみじみと語っていた。
マルコスの恋人エリカ役のワケド・ファジレも在日ブラジル人で「夢の中にいるような感じがした。ブラジル人の気持ちを伝えられるように全力で頑張ろうと思いました」とコメントしていた。彼らは自らの境遇がモデルになっているだけに、真に迫る演技を体当たりでこなしている。
この映画のテーマとなっている「家族」に関して、ブラジル日本移民100周年の際に天皇陛下(現上皇陛下)が言われた言葉が頭に浮かぶ。08年4月24日、ホテル・オークラ東京で「日本ブラジル交流年・日本人ブラジル移住百周年記念式典」が開催された際のお言葉だ。
あのとき陛下は《近年、ブラジルから数多くの日系人が日本に来て生活するようになりました。私は、今月初めに、皇后と共に、多くの日系人が工場などで働いている群馬県の太田市及び大泉町を訪ねましたが、日系人が地元社会に適応することを助けるために、職場や、地元の小学校などで、いろいろな施策が進められていることは心強いことです。ブラジルにおいて日本からの移住者が温かく受入れられたのと同様に、今後とも、日本の地域社会において、日々努力を重ねている日系の人々が温かく迎えられることが大切であると思います》と述べられた。
まさに「ブラジルで日本人が家族として受入れられたのと同様、日本国の一員として受入れましょう」と陛下自らが述べられている。完成披露上映会の集合写真を見ながら、映画タイトルが「家族」でも「ファミリー」でもなく、ポルトガル語の「ファミリア Família」であることの意味をしみじみと考えさせられた。この映画によって「在日ブラジル人はようやく日本という国を構成する〝ファミリア〟になったのかも」と感じた。
日本映画界が誇る人材や俳優を動員して、大変な費用をかけて製作される一般商業映画の題材に選ばれるということは、それだけ社会的にも商業的にもインパクトのある内容だと広く認知された結果だろう。
かつてテレビではNHK放送80周年記念・橋田壽賀子ドラマ『ハルとナツ 届かなかった手紙』(全5回、2005年)が放送された。だが商業映画では初だろう。しかもNHKはブラジル移民が中心だったが、この映画は在日ブラジル人という点で画期的だ。日本の「内なる国際化」を在日コミュニティを通して描いている。
『月はどっちに出ている』(崔洋一監督、1993年)以降、在日韓国人を主人公にした映画が何本も作られるようになった。そのような先駆け映画になってくれればと切に願う。そして冒頭の彼女の訪日がうまくいって「日本国の一員」「日本人の家族」になってくれたらと心の中で祈った。(敬称略、深)