いまラテンアメリカの社会は大きく変わろうとしている。米国による新自由主義の席巻は新植民地主義と見なす考えが広まり、米国等からの外資の流入の恩恵に縁のない階層の声のたかまりが一連の左派政権の誕生の背景にあり、この地域は新たな歴史的段階に踏み出している。各国において常に苦痛と犠牲を強いられてきた圧倒的多数を占める下層市民、とりわけ先住民や黒人、女性、貧民などの社会的弱者が、少しずつ政治・社会的発言権を拡大してきているが、この変革の先駆者こそ、メキシコのチアパス州で蜂起したサパティスタ民族解放軍(EZLN)なのである。サパティスタは突然変異で生まれた先住民集団ではなく、中米の特異な歴史の産物なのだと著者はいう。
本書は、中米先住民と国民国家との歴史的関係を考察することにより、いかなる歴史的文脈のなかからサパティスタが登場したのかを、まず19世紀後半から20世紀前半のグアテマラを中心に白人エリートが主導した上からの国民形成計画と、これに対する先住民の反応を考察し、次いで20世紀前半から後半にかけてのニカラグアをはじめとする中米支配を進める米国に対する反米主義の高まりと下からの民衆ナショナリズム運動を考察する。そして20世紀後半の新自由主義の波にさらされたメキシコを中心に、EZLNの蜂起に至る経緯、その後の動向やその思想的特色について分析している。これらを通じて、中米から発出されている歴史的問いかけに耳を傾けてほしいというのが著者の狙いである。
〔桜井 敏浩〕
(有志舎 2007年3月 223頁 2,400円+税)