1962年10月16日にソ連の核弾頭を付けられる準中距離ミサイルのキューバ配備が明らかになり、米国家安全保障会議はキューバ空爆論が大勢を占め、カリブ海域ではソ連の潜水艦長があわや核魚雷を発射しようとする寸前に艦隊参謀長の機転で思い留まり、沖縄駐留のミサイル班はソ連と中国の標的に向け発射準備を進めるなど、人類を滅亡させる核戦争の瀬戸際の危機があった。結局はほんの偶然の積み重ねで運良く回避されたのだったが、その底流には広島、長崎への原爆投下に至った核開発史と外交上の核の位置づけがあり、相互の不信感と脅威の捉え方の違い(ソ連側はそれ以前にトルコに米国が配備したミサイルの脅威に対抗するために、カストロの意もあってキューバへの配備を考えた)があったと著者は指摘している。その解決は短絡的な軍事的手段ではなく、外交によってしかを解決しえなかったことを示している。
著者は、米国核政策の起源と変遷の研究、熱心な核管理・軍縮論者としても知られる米国の歴史学者。米国の中枢機関の会議録、関係者のメモや回想録、閲覧が解禁されたソ連共産党幹部会議事録などの膨大な史料から、カリブ海のキューバで、米国のケネディとソ連のフルシチョフ両政権の中で何が起きていたのか、両首脳の関係と言動、周囲の軍事力の行使を主張するタカ派と外交的解決を説くハト派の攻防、さらにはその時々で揺れ動いた両首脳の心理まで洞察した説得力のある本書の分析を一読することで、ロシアのウクライナ軍事進攻で「核の脅威」が現実に懸念される今、この危機が残した教訓を振り返る意義は大きい。
〔桜井 敏浩〕
(三浦元博訳 白水社
上 2022年9月 376頁 4,000円+税 ISBN978-4-560-09448-8
下 2022年10月 405頁 4,000円+税 ISBN978-4-560-09449-5)
〔『ラテンアメリカ時報』 2022/23年冬号(No.1441)より〕