アンデス原産のこのナス科のイモは、アンデス古代史のみならず世界史においても、現在の人々の生活においても大きな役割を果たしている。穀類があって大きな古代文明は生まれたという“定説”に対し、アンデスではトウモロコシでもなくジャガイモこそが人々の生活を支えてきたと著者は見る。野生種から栽培化され、改良や加工や貯蔵の工夫がなされたジャガイモを主とする高度差を利用した農耕文化がインカの文明を支えたが、スペイン人によって“発見”されたジャガイモは他の多くの新大陸原産種とともにヨーロッパにもたらされた。初めは「悪魔の植物」として食用としては省みられることはなかったが、飢饉発生を転機に主食として各国で饑餓を救うことになり世界中に広まっていった。
本書では歴史だけでなく、同じ高地であるヒマラヤのシェルパやチベット族の間でもジャガイモがその食生活を大きく変えていることを実地調査で明らかにし、また江戸時代に到来した日本でも、特に北海道などの寒冷地で多く栽培され、食用に供されたほか紡績産業の糊用として澱粉生産がさかんに行われたこと、そしてアンデスでは危険分散を行うため巧みに高度差を利用していることを検証している。
ジャガイモはヨーロッパでもヒマラヤ、日本でも飢饉や戦争の際の救荒作物として大きな役割を果たしてきたが、他方今でも栄養素を含め偏見は続いている。しかし、イモ類は一定面積から取れるカロリーでは穀類より優れ、冷害に強く、土壌水分の利用効率が高い。食糧が足りないアフリカや食糧自給率が著しく低い日本にとってはもとより、人口増によって必至といわれる世界の食糧問題のためにも、ジャガイモに関心をもちその研究を通じて貢献して欲しいと説く著者の熱い思いが感じられる。
(岩波書店(新書)2008年5月209頁740円+税)