連載エッセイ219:田所清克「ブラジル雑感」その18 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ219:田所清克「ブラジル雑感」その18


連載エッセイ216

田所清克「ブラジル雑感」その18

執筆者:田所清克(京都外国語大学名誉教授)

前号までは連載でブラジルの食文化について取り上げたが、本号では「アマゾンの支流の川魚あれこれ」を紹介する。

1)ポラケー(デンキウナギ)

 アマゾン観光の楽しみの一つは、マナウスのアマゾン河岸にある中央市場 (Mercado Municipal Adolpho Lisboa) や、ベレンにあるヴェール・オ・ペーゾ市場 (Mercado Ver-o-Peso) を訪ねることかもしれない。そこには、見たこともない川魚、熱帯のフルーツ、薬用植物など、ありとあらゆる物が売られていて、異国情緒にあふれ好奇心がそそられる。であるから、アマゾンに出向いたときは決まって、いずれかの市場を訪ねることにしている。

 今回は、アマゾン河およびその支流に生息する―それも住民に恐れられている―危険な淡水魚について触れてみたい。その前に、参考までに記すと、世界中に推定約二万四千種の魚がいるそうだ。そのうち約三千種がアマゾンに、そして239種がパンタナルに存在するとのこと。アマゾナス連邦大学 (UFAM) の調査によると、その全てが商業利用されているわけではないらしい。骨が過度に多いこと、魚肉が少ないこと、漁が容易でないことなどが事由のようだ。

 さて、アマゾンで恐れられている魚の筆頭はポラケー (poraquê) [学術名:Electrophorus electricus] と呼ばれるデンキウナギである。電気魚 (peixe-elétrico) として知られる種で、外敵から身を守るために500ボルトの電流を放ってショックを与える。ポラケーがトゥピー語で、「眠らせる者」(pora =者;quê =眠らせる) と表現されるのも合点がゆく。通常イガポー (igapó:浸水林) に生息するポラケーは全長2メートルに達し、電気ショックで木々を揺することで、餌となる果実をふるい落とすのだという。


ポラケー [webより転載]


マナウスの中央市場の光景 [久保平亮氏提供]

2)ピラーニャ(ピラニア)

獰猛な魚として私たちがまず思い浮かべるのは、ピラーニャ、すなわちピラニア (piranha) だろう [以下、ピラーニャと記す]。この魚はブラジルのみならず、ベネズエラ、ガイアナ、スリナム、ペルー、アルゼンチンの河川や沼に住む。

 ピラーニャはカラシン目 (characidae) に属し、全367種もいて、5属に下位分類されるとのこと。アマゾンで最も一般的なのは赤色ピラーニャ (piranha vermelha) である。これらは通常、10から100匹以上の群れをなして泥水の河川や沼に生息する。ピラーニャ・カジュー (piranha-caju) とも呼ばれ、黄色ピラーニャ (piranha amarela) と並んで最も攻撃的である。下顎が強く、歯が際立っている。黒色ピラーニャ (piranha preta) [学術名:Serrasalmus rhobbeus] はアマゾン最大で、体長が40cmにまで達する。

 概してピラーニャは、200リットルの水の中であっても一滴の血をかぎ分ける能力を有し、傷ついた動物のささいな動きを見逃さない。そして、トゥピー語で「歯を持つ魚」(pira = 魚;ranha = 歯) と言うように、文字通りカミソリの如き鋭利な歯で獲物を襲う。

 ピラーニャは小魚、貝類、甲殻類、そしてオオカワウソなどが残した生き物を食する。多くの場合、群れで行動する。これには、獲物を素早く捕食できる以外に、食物連鎖の上位にあるジャカレー(鰐)から身を守るためでもある。が、時として、ジャカレーがピラーニャの犠牲になる場合もある。ともあれ、ピラーニャが生態のバランスを保持し、しかも他の動物の死骸を食べることによって河川を清める意味で寄与していることも知っておこう。

 ピラーニャの煮汁はアマゾンやパンタナルの住民の間では媚薬として知られている。余談ながら、私がアマゾンで有名であったアリアウ・アマゾン・タワー (Ariaú Amazon Towers) [*2016年に閉館] に滞在中、足を負傷したことがある。その時、ピラーニャの煮汁は控えたほうが良いと勧められた。どういう事由で言われたのであろうか。その訳が知りたいものである。最後に、ベレンにあるパラー連邦大学 (UFPA) の研究者が最近になって、肉食ではなく水草を食するピラーニャ (piranha vegetariana) をアマゾンで発見したことも付言しておきたい。

 ピラーニャの写真を載せたいところだが、皆さんご承知であろうから割愛した。パンタナルを旅した2017年も連日、甥と釣りをしたが、珍しくこの時ばかりは釣り上げたのは他の魚ばかり。むろん、釣果は期待以上であった。


在りし日のアリアウ・アマゾン・タワー


小舟から

3)カンジル

ほとんど日本では知られていない、厄介で危険極まる魚がアマゾン河流域にカンジル (candiru) は生息する。従って、当然のことながらアマゾンの住民には恐れられている。男女を問わず、尿管や肛門から入り込む、始末の悪い魚である。

 ナマズの仲間で体長2~20cm弱の、ウナギの格好をした一種の寄生魚であるが、住民はけして口にしたりはしない。尿の臭いを嗅ぎとって、小さいもの (2~4cm) は排出している小便の流れに沿って体内に入り込む、実に厄介な魚だ。そして、吸血のために膀胱や子宮を鋭い歯で食いちぎる。こうなると、出血する以外に感染症をも引き起こすので、手術するしか手立てがない。

 私は一度だけ現地の人に捕獲したカンジルを見せてもらったことがある。オタマジャクシのようで、一見おとなしい印象を受けたが、ギザギザした鋭利な歯から判断するとやはり、吸血の魚であることを思い知らされる。現地の住民が peixe-vampiro (吸血コウモリの魚) と称するのも合点がゆく。

 アマゾンをこよなく愛し、釣りの名手でもあった『オーパ!』の作家、開高健は、陰門からも侵入するので、カンジルを“助平ドジョウ”と呼んでいる。このカンジルから身を守るために、河川に住む女性は貞操帯を身につけたりもする。


恐ろしい“吸血魚”カンジル [webより転載]

4)毒エイ

 むかしむかし、アマゾン河が太平洋とカリブ海と繋がっていたことーそれが、アンデス山脈の隆起によって太平洋との繋がりが閉ざされた結果、今日のように大西洋に注ぐようになったことをご存知の方は少ないかもしれない。こういう事由から、海にいた魚類等が今では淡水魚 (peixes de água doce) と呼ばれながら、アマゾン河流域に生息している。

 その好例はエイ [学術名:Potamotrygonidae] である。その毒針に刺されると、深刻な事態を引き起こす。毒以外にもバクテリアを有していることから、身体は壊死する羽目になる。
このエイに絡む事故はブラジルでは珍しくないそうだ。尾っぽの付け根にある象牙質の1~3cmの剣先の外皮はサヤで覆われている。砂に隠れているエイをふとしたことで踏みつけると、足や踵が粘液状の毒のある剣先で刺され、たちまち七転八倒の並々ならぬ激痛を味わうことになる。

 怖いもの見たさであるが、ブラジルを訪ねた時には十中八九、私はサンパウロ大学 (USP) と指呼の距離にある、世界的に有名な毒蛇研究所 (Instituto Butantan) も見物する。そこでは、毒蛇のみならず、サソリ、タランチュラなどの有毒生物の研究も行なっている。が、未だに毒エイに有効な解毒剤(治療薬)は見つかっていないという。

 アマゾンの住民にとって最悪なのは、多くの場合、都市から離れた僻遠の地で毒エイの事故に遭い、抗生物質にのみ頼って治療が後手になっていることらしい。


毒エイ [webより転載]


毒エイが多く生息するイガポー(水没林)