スペインの征服者ピサロにより滅ぼされたインカ、しかし、峻烈な植民地支配の下でさまざまな形で命脈を保ってきた。征服者と先住民、共生と混交、支配者への反乱を経て、植民地時代から現代に至るまで、ペルーの人々—とりわけ支配階級に翻弄され続けてきた民衆はインカを探し求めてきた。
インカの王朝の成立から帝国の成熟、崩壊、スペイン植民地となって征服者と被征服者との関係になり、植民地社会形成に組み込まれ、度々試みられた反乱も最後のインカ王トゥパク・アマルの刑死によって終焉し、皇族や貴族、一般住民は長くスペイン支配下で生きていくことを強いられてきたが、やがてスペイン王朝の交代などの変化にともない一層激しくなった植民地からの収奪政策により再びアンデスに大反乱が引き起こされる。後にトゥパク・アマルと名乗るコンドルカンキに率いられた反乱軍は一時はクスコを包囲したものの結局は敗北し彼は無惨に妻子とともに処刑されるが、その後過酷な収奪によって植民地に財源を求めるスペイン本国と植民地に基盤をもつ白人(クリオーリョ)の経済的対立、ナポレオンのイベリア半島侵攻がアンデス地域の独立運動を加速させ、独立へと進む。しかし、トゥパク・アマルが目指したインカの王旗の下でインディオ、混血、黒人、アンデス生まれのスペイン人を包摂する社会は実現せず、インディオと白人間に生じた民族的憎悪と相互不信がその後のアンデス社会の歴史的発展を強く規定することになる。
著者はアンデス社会史が専門で、毎年クスコ地方文書館等に通って膨大な征服時から植民地時代に書き残された文献を精読し、インカの皇族や貴族の社会的地位の変化などを研究してきたが、本書はその蓄積と研究成果を基にこのインカとスペイン帝国が交錯したアンデス史を生き生きと描写しており、まさに壮大な歴史のドラマを見せてくれる。巻末に年表と主要人物略伝が付されており、登場人物の理解に役だっている。
(講談社2008年5月388頁2300円+税)