連載エッセイ224:田所清克「ブラジル雑感」その19 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載エッセイ224:田所清克「ブラジル雑感」その19


連載エッセイ221

田所清克「ブラジル雑感」その19
ブラジルに棲息する鳥

執筆者:田所清克(京都外国語大学名誉教授)

これまでの50回に亘るブラジルへの旅の中でも特に、鳥が多く見受けられるパンタナルおよびアマゾン地方を訪ねているので、この国のありふれた鳥の名前ぐらいは知っている。

パンタナルを訪ねた折は必ず、ガイドで鳥の生態に明るいカンポ・グランデ在住の服部敬也さんに教えを乞うていたこともあって、この熱帯湿原であるパンタナルと、酸性土壌のサバンナとも言うべきセラードに棲む鳥類については認識が深まっているのも事実である。

サビアー (sabiá) やジャンダイア (jandaia) はロマン主義時代を代表する詩作に登場するし、何処にでもいる身近なタイランチョウ (bem-te-vi)、チコチコ (tico-tico)、ペリキート (periquito) などは、俳句の題材として現によく使われていたりする。ちなみに、国鳥はサビアー・ラランジェイラ (sabiá-laranjeira) である。

筆者が他の生き物も含めて鳥が大好きなことから、パンタナルの鳥についていくつか紹介したい。現地で買ったパンタナルの鳥類図鑑が手元にないのが残念といえば残念なのだが。ともあれ、最初は「パンタナルを表徴する鳥」であるトゥユユー (Tuiuiú) から始めよう。

[補記]

タイランチョウはベン・チ・ヴィ〔君を良く見た、の意〕と聞こえる、つまり聞きなしからbem-te-viと命名された。


トゥユユー [筆者撮影]


木の上に佇むトゥユユー [筆者撮影]

パンタナルの生態学的聖域に棲息する鳥類 (1)
―トゥユユー (Tuiuiú)について論じる前に―

パンタナルの北の玄関口であるクイアバーからポコネーを、また南の玄関口のカンポ・グランデからアキダウーナ辺りを過ぎると景観は一変し、熱帯サバンナの様相を呈する。いわゆるブラジルでセラード (cerrado) と呼ばれる酸性土壌の、気候学者ケッペンが区分するAwに属するところとなる。

曲がりくねった低灌木が散在する草原のセラード地帯を通り抜けると、そこが熱帯湿原であることを想わせる。パンタナル横断道路 (Transpantaneira) の両側は道に沿って水溜りになっている。そして、そこかしこに湖沼があり、その周辺には無数のメガネカイマン (jacaré) が日向ぼっこをしていたり、空中には大きな図体のトゥユユーが飛翔し、沼地で餌を漁ったりしている。

パラグアイ水系は雨期ともなれば河川が溢れ、鍋底状の地形をなすパンタナルは満目の海と化す。翻って、乾季は雨季とは全く違った装いとなり、水の引いた平原には湖沼が点在する光景をさらけ出す。

ともあれ、パンタナルは「水の光景」と形容できるほどに水とは切っても切れないところであり、それゆえに動物、わけても鳥類にとっては楽園である。独特の生物群系 (bioma) をなし、生物多様性 (biodiversidade) に富んでいることもあって、生態学的聖域と呼ばれるのが得心できる。


クイアバー空港(筆者撮影)

パンタナルの生態学的聖域に棲息する鳥類 ―トゥユユー(Tuiuiú)―

パンタナルは格別なところである。何故なら、自然をこよなく愛する僕のような者にとっては、絶好の癒しの場になっているからだ。過去に幾度となく訪ねたのも、この事由による。

これまでにも繰り返し述べているが、僕のブラジル研究の原点は、アマゾンと共に、パンタナルにあるといっても過言ではない。それかあらぬか、毎年、旅程にはパンタナルを組み込み、飽きもせず訪ねたものである。そして、およそ本州ほどの拡がりを持つ鍋底状の熱帯湿原の、自然、動植物相はむろん、そこに生きる住民パンタネイロにすっかり魅せられ続けてきた。

そこでのフィールドワークや巡検の成果の一端および知見は、論文や著書において機会あるごとに言及しているので、ここでは割愛する。前置きが長くなったが、予告したトゥユユーの話題に移ろう。

パンタナルにはarara-azul, garça-branca, curicaca, aracuã, socó, tucano, ema, cabeça-seca, gaviãoといった多くの鳥が棲息している。しかしながら、なんといっても多くの観光客の耳目を引くのは、ジャビル (jabiru) の名で知られる、パンタナル最大の鳥であるトゥユユーだろう(学名はJabiru mycteria、コウノトリ目コウノトリ科、和名はズグロハゲコウ)。

生息地域はメキシコ南部からアルゼンチンの北部と、かなり広範囲である。が、集中して見られるのは、パンタナルとパラグアイ東部のチャコで、50%以上がブラジルの国土に住んでいる。成鳥の場合、体長はおよそ1.4m、体重は約8kgで、両羽根を拡げると、優に3mにも及ぶ。概して、雄の方が大きい。喉部分の襟巻き状の赤い色の皮膚と合わせて、30cmを持つ嘴の長さにも特徴がある。オオハシのように首と脚を伸ばして飛翔する光景も目が釘付けになる。

基本的に主食は魚、貝類、昆虫、小型の哺乳類などである。特筆すべきは、トゥユユーが乾季に酸欠で死んだ魚を食べることで、腐敗防止に役立っていることだ。繁殖の時期は、水位が下がり湖沼や水路に取り残された頃と重なる。容易に魚を捕獲できるからである。とくにこの時期は、mussum, traíra, caramujoなどが彼らの餌食となる。

繁殖行動なのか、長い嘴を叩き合いながら、番いは鶴さながらに乱舞する。動物生態の視座から、彼らの営巣にも目を引かれる。湿原地帯の回廊林や原野にある亭々たる高木には、ジャビルの巣が少なくない。その巣は同じ番いによって使われることから、その大きさも年を追うごとに大きくなる。巣の大きさは平均して直径1.85m、高さは70cmほど。巣の外側の部分は太い枝で、内部は小枝や柔らかい植物で作られている。

卵は4個までで、それ以上産むのはまれである。孵化するまで60日程度を要する。ヒナが巣立つのには3ヶ月かかるらしい。その間、パンタナルは暑いので、親鳥が羽根を大きく拡げ、日光から庇護している。その光景を僕は幾度となく目にしたことがある。

パンタナルへの旅で、僕が最も多く撮っているのはおそらく、トゥユユーだろう。その写真の数々をお見せできないのが何とも残念である。というのも阿蘇のコンピューターの中に収まっているからである。

* ブラジル南部では、ジャビルはcabeça-seca(アメリカトキコウ)を指すので注意のこと。写真で見る通り、よく似ている。決定的な違いは、cabeça-secaには赤い襟巻き状のものがないことである。


トゥユユーの一群 [筆者撮影]

パンタナルの生態学的聖域に棲息する鳥類 (2) ―アラクアン (aracuã)―

パンタナルを旅した人であれば、吠え猿 (bugio) とアラクアンの、あの喧しい啼き声

をお聞きになったことであろう。払暁と夕暮れになると決まって、アラクアンのつがいはデュエットしながら、地元住民に聞いた話であるが、オスは“殺したい”と、対するメスは“結婚したい”とでも言いたげのように啼き叫ぶのだそうだ。すると、周囲のアラクアンたちがこれに呼応するかのように、一斉に同じ調子で啼き始める。この時ばかりは、パンタナルがアラクアンの歌競べに支配された印象を覚えるほどである。

パンタナルの住民はaraquãもしくはaranquãと呼ぶ。charataという名称もある。

Ortalis canicollisの学名を持つ。Ortalisとはギリシャ語で「ニワトリ (galinha)」を言う。canusはラテン語で「灰色」の意味。collisは「首」の謂いなので、つまるところ「灰色の首をしたニワトリ」となる。ことほど左様に、ニワトリに似て味も良いことから、住民の狩猟の対象になり個体数も減っているようだ。

ホウカンチョウ科のこの鳥は、パンタナルに棲息する「パンタナルのアラクアン」

(aracuã-do-pantanal) [Ortalis canicollis pantanalensis] と、ボリビア東部のチャコからパラグアイ西部およびアルゼンチンにかけて分布するOrtalis canicollis canicollisの、二つの亜種がある。ホウカンチョウはブラジルでは24種類存在するが、パンタナルではjacu, mutum-de-penacho, jacutingaといった6種類のみのようである。

アラクアンは50~56cmほどの身丈で、体重は480~600g。均一の羽毛と長い尾に特徴がある。群れて生活するが、ライバル意識が強い。ゆえに喧嘩が絶えず、嘴、羽根、脚などを使うそうだ。木の種子を好んで食べるが、トカゲや花、葉の芽も食する。乾季のまだ葉のない、イペーのような花を啄んでいるアラクアンの姿を見かけるのはまれではない。彼らの棲息環境は、乾燥した熱帯もしくは亜熱帯の雨林か低地の湿潤熱帯林、それも回廊林 (mata de galeria)、再生林のカポエイラ (capoeira) など。地面に降りるよりは梢に止まっているときの方が多い。眠るときも、半ば拡げた翼で護る親鳥に寄り添っているらしい。

繁殖期は8月から2月にかけてであり、巣は木の枝、蔓、葉っぱなどで作られる。そこにオレンジ色もしくはダーククリーム色の卵が産まれ、孵化まで28日を要する。驚くなかれ、生後1~2日でヒナはもう親鳥や群れに連れ立って飛翔できるそうである。意外に人を恐れず、農園ホテルのすぐ近くでも目にすることができる。

ともあれ、 セリエ―マ (seriema) と並んで、気管から発する耳をつんざくような啼き声に、早朝、目が醒めてしまう。パンタナルの「目覚まし時計」と言われる所以である。ちなみに、その啼き声は2km先まで及ぶという。

私がこよなく愛するパンタナルの詩人マノエル・デ・バーロス (Manoel de Barros) は、この地の昼過ぎに吹きつける乾燥した風を「光の風」と詠んだ。その詩人はアラクアンについて、“夜明けのボタンを締める人はアラクアンである”とも詠う。

皆さんに一生に一度は訪ねていただきたいところ、それはパンタナルである。そして、アラクアンのけたたましい啼き声に耳を傾けてほしいものだ。


アラクアン [webより転載]

パンタナルの生態学的聖域に棲息する鳥類 (3)
―コルージャ・ブラケイラ (coruja-buraqueira)―

周知の通り、ミネルヴァ (Minerva) はローマ神話では芸術を司る女神であり、梟はその象徴として位置づけられている。と同時に、知恵ある聖なる動物としても知られる存在である。初めてパンタナルを訪ねて以来、私は梟の虜になってしまった。平原のそこかしこにある蟻塚 (cupim) の頂や囲いの柵の上で、ぽつねんと佇立する梟の、愛嬌あふれる顔立ちとその仕草、生態にぞっこん惚れ込んだからである。

その一方で、愛着を感じた他の理由は、哲学者然として物知りとみなされる梟にあやかりたい、という細々とした願望が、曲がりなりにも文学をかじる者としてあったからだろう。そういうわけで、パンタナルに出向く楽しみの一つはむろん、穴を掘って営巣するコルージャ・ブラケイラ (coruja-buraqueira) に出逢うことであった。竈の形状の巣を作ることから、学名Athene cuniculariaがそれを示している。

棲息環境は植生の疎らなところや茫々たる原野 (campo aberto)である。従って、梟の存在を見つけるのも比較的に容易である。5つの亜種があると言われており、パンタナルの梟はボリビアと隣接するブラジル西部地域に分布する種のようだ。

巣作りと繁殖期はあまり関係がないらしい。ともあれ、巣は安全面を考えて、外部が見通せるところに作られるのが普通。が、適当な場所が見つからないときは、地面や岩肌の凹みに作られたりもする。巣の内部の材料は枯れ枝が多い。巣は直径17cm~30cmほどで、入口は楕円形もしくは三日月形を呈している。毎年作られるが、前の巣を改修して用いることもなくはない。産卵は3~4個で、番いの双方が托卵し14~18日ほどでヒナが誕生、その後20日経てば巣立ちを迎えるそうだ。彼らのエサとなるのは、昆虫、蜘蛛、節足動物、サナギなどであるが、時に蛇の場合もある。

生態面で気を引く事例としては、地面で大半の時を過ごし、のんびりした歩調と小走りを繰り返す習性を持つこと、番いは長い間連れ添うこと、そして巣の入口で互いが羽を振るわせながら、連れ立って歌うことであろう。


コルージャ・ブラケイラ [webより転載]

パンタナルの生態学的聖域に棲息する鳥類 (4)

―セリエーマ (seriema)―

鳥好きの私にとって、ブラジル、なかんずくパンタナルは見逃せない。アマゾンがそうであるが、密閉されたような密林の空間では鳥の姿を見るのは困難を伴う。その点パンタナルは、その多くが見通しのきく低湿地で森林が少ないこともあり、鳥はむろん動物相の観察にとっても好都合である。さて今回は、Cariama cristataという学名を持つ、和名がアカノガンモドキのノガンモドキ目ノガンモドキ科に分類されるセリエーマを紹介しよう。現地では、sariema, siriema, seriema- de-pé-vermelhoの如き別称もある。

もともとその名はトゥピー語起源 “çaria” [crista:トサカ] + “am” [levantada:立ち上がった] に由来している。性的二形成 (dimorfismo sexual) はなく、雄・雌ともにほぼ同じで、強いてその違いを挙げれば、雄が雌よりも灰色がかり、雌が黄色味を帯びていることだろう。赤橙色の脚と嘴以外は栗色をして、脚、首、尻尾の長いのが特色かもしれない。普段、対もしくは小さな群れで行動する。夜になって樹冠部で眠る以外は、歩いてエサを漁ることから大半は地上で生活する。従って、危険のリスクも高い。

彼らのエサは、昆虫、蛇を含めた爬虫類、蛙などの両生類、齧歯類、若い鳥などだそうだ。量は少ないが豆、トウモロコシなども食するらしい。指が小さくツメがないので、骨などの固いものは物にぶつけて食べやすくするそうだ。また、飲み込めないものは嘴で細切れにするとのこと。巣は、ジャンプしたり羽ばたくことで達する地上4~5mほどのところに作られ、その巣の周囲は牛糞、粘土、枯れ枝で覆われている。茶色い斑点のピンクがかった白い卵が通常2個産み落とされ、それを番いが交互に温める。ヒナが誕生するのには24日から30日ほどかかる。

私はパンタナルの旅でこれまで幾度となくセリエーマを目にしたが、この鳥が雨が降るのを予兆する、天気予報者的存在であるなどとは全く知らなかった。甲高い声を発する南米に分布するこの鳥を、私はまた見たくなった。鳥の啼き声を動画で聴きながら、強いサウダージを感じている、今の私である。


セリエーマ [webより転載]

パンタナルの生態学的聖域に棲息する鳥類 (5)

―オオヨタカ (curiango)―

オオヨタカについて言及する前に、パンタナルで気づいたことをお話したい。本州ほどの拡がりを有するパンタナルの方方を巡ってはいるものの、不思議に思ったのは、なぜか低湿原地帯のどこにも石が見当たらなかったことである。

もう一点。冠水を避けるために、あるいは中小河川を渡るために、パンタナルには無数の木造の簡単な作りの橋が架かっている。わけても牧場や農園に近いところの橋を見ると、所々にわざと穴が開けられている。よくよく考えてその事由を導き出したものの、本当の理由を知りたく、現地住民に尋ねてみることにした。住民曰く、それはmata-boi [牛殺し] と言って牛の通行を妨げるものである、という。うすうす感じてはいたのだが…。この事象を通じて中西部のセラードとパンタナルが、この国の一大牧畜の地であることの一面を垣間見た気がした次第。

オオヨタカには7つの亜種があるようだが、そのうち2種が北東部と中央部に分布しているようだ。もっとも棲息地域はメキシコ南部からアルゼンチン北東部に及ぶ。ただし、チリには存在しないらしい。学名はNyctidoromus albicollisで、ギリシャ語でnuktiは「夜、夜の」、dromusは「走るところの」の謂。albicollisはラテン語の複合語で、albusは「白い」、collisは「喉、首」の意味。してみると、この鳥はさしずめ「白い喉をした夜の走者」(corredor noturno com a garganta branca) ということになるだろう。

ブラジル全土に棲息し、森や再生林、カポン [capão = 野原の茂み] などで生活する。従って、地方によって異なる名称がある。ミナス・ジェライス州でのamanhã-eu-vou; carimbamba、ペルナンブーコ州でのengole-vento、マット・グロッソ州でのibijau、リオ・グランデ・ド・スル州でのdorminhocoなどはその一例。おそらく擬声語からであろうが、先住民はa-ku-kúとも称している。

もっともクリアンゴ (curiango) の語源はアフリカのキンブンド語kuriangaに由来する。この鳥の名前に関しては他に、bacurau, curiango-comum, ju-jauなどもある。よく梟と混同されがちで、ツバメやハチドリに似ていると言われるが、どうみても私にはそう思われない。体長は22~28cm、体重は雄が44~87g、雌は43~90g。色は概して灰褐色をしている。むろん夜行性 (notívago) なので、日中目にするのは困難である。驚くべきは、その日中は地面で枯れ葉に擬態 (mimetismo) しているかのように、見事にカムフラージュしていること。一見しただけでは、その存在が判らない。

オオヨタカは空中でエサを捕獲する名手で、昆虫など食している。繁殖については通常、2個の卵を産む。その卵は27,0×25,0mmの大きさの楕円形 (elipsóide) をしており、ヒナが誕生するまでに19日を要する。温める時間は雌の方が長いが、雄もその役割を担う。ヒナは誕生から3週間もすると巣立つ。その間は特に、ヒナに危険が及ぶと、親鳥は自ら怪我をしたような仕草を見せ、侵略する相手を欺いて巣から遠ざける。ヒナは20日を過ぎると羽根が生え始め、飛行に向けて羽ばたきするようになる。ブラジルにはLuiz GonzagaとBeduínoによる、オオヨタカをモチーフにした“Amanhã Eu Vou”なる曲名の歌もある。

江戸時代に夜の巷で客を呼ぶ売笑婦を「ヨタカ」と言ったが、夜ともなればパンタナルに限らずブラジルでは、cu-ri-an-goと啼くオオヨタカがエサを求めて徘徊していることだろう。


オオヨタカ [webより転載]