1948年、コスタリカは大統領選挙結果をめぐる与野党の争いの混乱に乗じて武装蜂起した農園主のフィゲーレスが権力を掌握し、その暫定政権は軍隊廃止を宣言、翌49年に後継政権が制定した新憲法でも常備軍の廃止を明文化した。以後60年間、その間55年に内戦後に亡命していたカルデロンがニカラグアから侵攻して来たり、79年のニカラグアのサンディニスタ革命と内戦突入にともない、軍事紛争に巻き込まれる危機を経験してきたが、83年にモンヘ大統領が積極的永世非武装中立宣言を発表し、87年にはアリアス大統領が中米和平交渉の尽力によりノーベル平和賞を受けるなど、一貫して軍備なき平和をという路線を貫いている。
軍備放棄宣言の実現は、政治勢力間の複雑な確執にもかかわらず対立者がともに異なる思惑から一致したこと、財政難で軍の維持が難しくなっていたこと、パナマ運河の安定確保やバチスタ政権のキューバの安定を重視する米国の意向などの国際情勢が絡んでのことで、平和主義の理想に燃える指導者や市民の熱意によるものではなく、ひとつの現実的な政策として実行されたものだったが、廃止後は有事に対する非軍事対応に腐心してきたのである。
本書は本当に軍備は持っていないのか?という疑問を警察の実態により説明し、国内法では恒常的軍備を持たないとしているだけだが、国連憲章12条の「紛争の平和的解決」規定や軍の派遣を免除させた米州機構加盟条件、そして「軍備は持てるが持たない」というコスタリカ人の文化・価値観がひろく認識されていることなどから、「非武装が最大の防衛力」というミステリーを実現したこの小国を紹介している。
しかし、単に憲法で軍備放棄を規定しただけでは平和は実現、維持出来ないということを本書は指摘している。民主主義が定着し、社会保障も他のラテンアメリカ諸国よりは厚いコスタリカではあるが、決してパラダイスではなく、政治不信、政治腐敗、貧困格差、先住民を含む人権問題、環境破壊などの問題は山積しており、それらを改善させて安定を保つことが絶対条件である。軍隊廃止60周年記念式典における「平和とは終わりなき闘いのです」というフィゲーレス夫人の言葉が、軍事力がないことを力にしてきたコスタリカ人のアイデンティティだという。著者は1999年コスタリカ国立大学へ留学、以後コスタリカと関わり続けてきたフリーランス研究者。
(扶桑社(新書)2009年3月254頁760円+税)