連載レポート109:桜井悌司「民主主義指数2022版レポート にみるラテンアメリカ」 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

連載レポート109:桜井悌司「民主主義指数2022版レポート にみるラテンアメリカ」


連載レポート108

民主主義指数2022版レポートにみるラテンアメリカ

執筆者:桜井悌司(ラテンアメリカ協会常務理事)

「はじめに」

英国の調査機関であるエコノミック・インテリジェンス・ユニットは、2023年2月はじめに世界の民主主主義指数【Democracy Index】2022年版を公表した。この調査は、2006年に開始され、毎年発表されている。世界の167ヶ国を対象に、「選挙過程と多元主義」、「政府の機能」、「政治参加」、「政治文化」、「市民の自由度」5つの項目の得点を出し、評価するものである。同指数は最低0、最高10の総合ポイントで各国の民主主義の成熟度をランク付けしており、4未満が権威主義的体制(Authoritarian regimes)、4以上6未満が混合政治体制(Hybrid regimes 権威主義的体制と民主主義が混在する制度)、6以上8未満が欠陥のある民主主義(Flawed democracies)、8以上が完全な民主主義(Full democracies))と分類される。

「2022年版の特徴」

2022年の同調査によると、1位から20位までの国名は、ノルウエー、ニュージーランド、アイスランド、スウェーデン、フィンランド、デンマーク、スイス、アイルランド、オランダ、台湾、ウルグアイ、カナダ、ルクセンブルグ、ドイツ、オーストラリア、日本、コスタリカ、英国、チリ、オーストリアとなっている。例年、北欧の国々が上位にランクされている。台湾はアジアで最高位の10位にランクされており、日本は16位、韓国は24位となっている。

ラテンアメリカ諸国の中では、ウルグアイが11位、コスタリカが17位、チリが17位と高位置を占めている。低位置を占めている国は、ベネズエラ147位、ニカラグア143位、キューバ139位、ハイチ135位である。

ちなみに、ロシアは146位、中国は156位である。

同社による調査では、2022年度における調査対象国167ヶ国の上記4体制の分類では下記のようになっている。

体  制 国 数 比 率 人口比率
完全な民主主義 24ヶ国 14.4% 8.0%
欠陥のある民主主義 48ヶ国 28.7% 37.3%
ハイブリッド体制 36ヶ国 21.6% 17.9%
権威主義的体制 59ヶ国 35.3% 36.9%
合計 167ヶ国 100.0% 100.1%

2022年度調査では過去1年にベストパーフォーマンス、ワーストパーフォーマンスを示した10ヶ国を下記のように紹介しているが、ラテンアメリカではチリが好転し、ハイチ、エルサルバドル、メキシコが悪化している。

上昇した国名 上昇した得点 下降した国名 下降した得点数
タイ 0.62 ロシア -0.96
アンゴラ 0.59 ブルキナファソ -0.76
ニジェール 0.50 ハイチ -0.68
モンテネグロ 0.43 エルサルバドル -0.66
ギリシャ 0.41 チュニジア -0.48
アイスランド 0.34 ベラルーシ -0.41
スリランカ 0.33 イラク -0.38
アルバニア 0.29 ヨルダン 0.33
チリ 0.29 メキシコ 0.32
カンボジア 0.28 香港 0.31

「ラテンアメリカにおける民主主義指数の動向」

ラテンアメリカの国々を4つの体制に分類した場合、下記の通り、完全な民主主義国数は3ヶ国、欠陥のある民主主義国数は9ヶ国、ハイブリッド体制国数は8ヶ国、権威主義的体制の国数は4か国となっている。

体   制 総 得 点 国 名 国数
完全な民主主義国 8点以上 ウルグアイ、コスタリカ、チリ 3
欠陥のある民主主義国 6点以上8点未満 トリニダード、ジャマイカ、スリナム、パナマ、アルゼンチン、ブラジル、コロンビア、ドミニカ共和国、ガイアナ 9
ハイブリッド体制 4点以上6点未満 ペルー、パラグアイ、エクアドル、メキシコ、ホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラ、ボリビア 8
権威主義的体制 4点未満 ハイチ、キューバ、ニカラグア、ベネズエラ 4

ラテンアメリカ・カリブ諸国の2022年調査の結果は表1の通りである。順位は世界ランク、国名、総得点、①~⑤は下記の(注)を参照のこと。

この表によってラテンアメリカ・カリブ諸国の5つの項目の得点と総合点を知ることができる。総じて、選挙過程・多元主義では7.19と高い得点を得ているが、政治文化では4.11と低い評価になっている。国ごとに強み、弱みがあることが理解できよう。表2、表3では、2018年から2022年までの5カ年のラテンアメリカ主要国の民主主義指数の順位と得点の推移を見ることができる。

表1 2022年度民主主義指数のラテンアメリカ諸国の現状

順位 国名 総得点
11 Uruguay 8.91 10.00 8.93 7.78 8.13 9.71
17 Costa Rica 8.29 9.58 7.50 7.78 6.88 9.71
19 Chile 8.22 9.58 8.21 6.67 7.50 9.12
41 Trinidad T 7.16 9.58 7.14 6.11 5.63 7.35
42 Jamaica 7.13 8.75 7.14 5.00 6.25 5.00
48 Suriname 6.95 9.58 6.43 6.11 1.88 7.35
49 Panama 6.91 9.58 6.07 7.22 3.75 7.94
50 Argentina 6.85 9.17 5.00 7.78 4.38 7.94
51 Brazil 6.78 9.58 5.00 6.67 5.00 7.65
53 Colombia 6.72 9.17 6.07 6.67 3.75 7.94
65 Dominican R 6.39 9.17 5.36 7.22 3.13 7.06
67 Guyana 6.34 6.92 6.07 6.67 5.00 7.06
75 Peru 5.92 8.75 5.71 5.56 3.13 6.47
77 Paraguay 5.89 8.75 5.36 6.11 1.88 5.59
81 Ecuador 5.69 8.75 5.00 6.67 1.88 6.18
89 Mexico 5.25 6.92 4.64 7.22 1.88 5.59
91 Honduras 5.15 8.75 3.93 5.00 2.50 5.59
93 El Salvador 5.06 8.33 3.57 5.56 3.13 4.71
98 Guatemala 4.68 6.92 3.93 3.89 2.50 6.18
100 Bolivia 4.51 4.75 4.29 6.67 1.25 5.59
135 Haiti 2.81 0.00 0.00 2.78 6.25 5.00
139 Cuba 2.65 0.00 3.21 3.33 3.75 2.94
143 Nicaragua 2.59 0.00 2.14 3.33 4.38 2.65
147 Venezuela 2.23 0.00 1.07 5.56 4.11 6.61
  LAC平均 5.79 7.19 5.07 5.97 4.11 6.61

(注)①Electoral Process & Pluralism(選挙過程・多元主義)、③Functioning of government(政府の機能)、③Political participation(政治への参画)④Political culture(政治文化)、⑤Civil liberties(市民の自由度)

表2 ラテンアメリカ主要国の民主主義指数の順位の推移
〈2018年~2022年〉

国名 Country 2022 2021 2020 2019 2018
ウルグアイ Uruguay 11 13 14 15 15
コスタリカ Costa Rica 17 20 18 19 20
チリ Chile 19 25 20 21 23
トリニダード・トバゴ Trinidad T 41 41 41 43 43
ジャマイカ Jamaica 42 42 48 50 47
スリナム Surinamme 48 49 47 49 49
パナマ Panama 49 46 44 46 45
アルゼンチン Argentina 50 50 46 48 47
ブラジル Brazil 51 47 50 52 50
コロンビア Colombia 53 59 43 45 51
ドミニカ共和国 Dominican Re. 65 60 59 60 61
ガイアナ Guyana 67 65 75 71 54
ペルー Peru 75 71 56 58 59
パラグアイ Paraguay 77 77 67 70 70
エクアドル Ecuador 81 81 64 67 68
メキシコ Mexico 89 86 70 73 71
ホンジュラス Honduras 91 92 87 89 85
エルサルバドル

El Salvador

93 79 69 71 77
グアテマラ Guatemala 98 99 90 93 87
ボリビア Bolivia 100 98 101 104 83
ハイチ Haiti 135 119 102 105 102
キューバ Cuba 139 142 138 143 142
ニカラグア Nicaragua 143 140 119 122 122
ベネズエラ Venezuela 147 151 135 140 134
           
日本 Japan 16 18 22 24 22
スペイン Spain 22 29 16 16 19
調査対象国数 167 167 165 167 167

表3 ラテンアメリカ主要国の民主主義指数の得点の推移
〈2018年~2022年〉

国名 2022 2021 2020 2019 2018
ウルグアイ  11 8.91 8.85 8.61 8.38 8.38
コスタリカ  17 8.29 8.07 8.16 8.13 8.07
チリ  19 8.22 7.92 8.28 8.08 7.97
トリニダード・トバゴ 41 7.16 7.16 7.16 7.16 7.16
ジャマイカ  42 7.13 7.13 7.13 6.96 7.02
スリナム  48 6.95 6.82 6.82 6.98 6.98
パナマ  49 6.91 6.85 7.18 7.05 7.05
アルゼンチン  50 6.85 6.81 6.95 7.02 7.02
ブラジル  51 6.78 6.86 6.92 6.86 6.97
コロンビア  53 6.72 6.48 7.04 7.13 6.96
ドミニカ共和国  65 6.39 6.45 6.32 6.54 6.54
ガイアナ 67 6.34 6.92 6.67 5.00 7.06
ペルー  75 5.92 6.09 6.53 6.60 6.60
パラグアイ  77 5.89 5.86 6.18 6.24 6.24
エクアドル  81 5.69 5.71 6.13 6.33 6.27
メキシコ  89 5.25 5.57 6.07 6.09 6.19
ホンジュラス  91 5.15 5.10 5.36 5.42 5.63
エルサルバドル  93 5.06 5.72 5.90 6.15 5.96
グアテマラ  98 4.68 4.62 4.97 5.26 5.60
ボリビア  100 4.51 4.65 5.08 4.84 5.70
ハイチ  135 2.81 3.48 4.22 4.57 4.91
キューバ  139 2.65 2.59 2.84 2.84 3.00
ニカラグア  143 2.50 2.69 3.60 3.55 3.63
ベネズエラ  147 2.23 2.11 2.76 2.88 3.16
LAC平均 5.79 5.83 6.09 6.18 6.24
           
日本  16 8.33 8.15 8.13 7.99 7.99
スペイン  22 8.07 7.94 8.12 8.18 8.06
調査対象国数 167 167 165 167 167

下記の表4は、過去1年間で評価が上昇した国々と下落した国々を表している。( )

内の最初の数字は、上下したランクの上下数で、/の後の数字は上下した得点数である。それによると上昇した国は9ヶ国で、下落した国は10ヶ国で順位が変化しなかった国は5か国となっている。ハイチとエルサルバドルが大きく順位を落としたことが理解できる。

表4 2021年と2022年のランキングと得点の変化

上昇した国名 9ヶ国 変更なし 5ヶ国 下降した国名 10ヶ国
チリ(6/0.06)コロンビア(6/0,24)、ベネズエラ(4/0.12)、コスタリカ(3/0.22)、キューバ3/0.06)、ウルグアイ(2/0.06)、スリナム(1/0.13)、ホンジュラス1/0.05)、グアテマラ(1/0.06) トリニダードT、ジャマイカ、アルゼンチン(-0.04)、パラグアイ(-0.03)、エクアドル(-0.02) ハイチ(-16/-0,67)、エルサルバドル(-14/0.66)、ドミニカ共和国(-5/-0.06)、ブラジル(-4/-0.08)、ペルー(-4/-0.17)、パナマ(-3/-0.06)、メキシコ(-3/-0.32)、ニカラグア(-3/-0.19)、ボリビア(-2/-0.14)、ガイアナ(-2/-0.58)

 

次に、コロナ前の2018年から2022年と過去5カ年の推移をみるとラテンアメリカ・カリブ諸国では、大いに悪化していることがわかる。すなわち上昇した国数は7ヶ国で、しかも上昇順位が最大でもわずか5であるのに対し、ランクを落とした国は17ヶ国に及び、最大のハイチ-33、ニカラグア-21、メキシコ-18、ボリビア-17、ペルー-16と大きくランクと得点を落としている。まさにラテンアメリカの民主主義の危機とも言える状況である。今後ともその動向を注視する必要があろう。

表5 2018年~2022年の5カ年でのランキングと得点の変化-コロナ以前と以後の比較
 

上昇した国名 7ヶ国 下降した国名 17ヶ国
ジャマイカ(5/0.11)、ウルグアイ(4/0.53)、チリ(4/0.25)、コスタリカ(3/0.22)、キューバ(3/0.35)、トリニダードT(2/-)、スリナム(1/0.03) ハイチ(-33/-2.1)、ニカラグア(-21/-1.13)、メキシコ(-18/0.94)、ボリビア(-17/-1.19)、ペルー(-16/-0.68)、エルサルバドル(-16/-0.9)、エクアドル(-13/-0.58)、ガイアナ(-13/-0.72)、グアテマラ(-11/-0.92)、ベネズエラ(-10/-0.93)、パラグアイ(-7/-0.35)、ホンジュラス(-6/-0.48)、パナマ(-4/-0.14)、ドミニカ共和国(-4/-0.15)、アルゼンチン(-3/-0.17)、コロンビア(-2/-0.24)、ブラジル(-1/-0.19)

「各国に関するコメント」

民主主義指数調査2022の中では、ラテンアメリカ主要国についての簡単なコメントをつけているが、最後にそれらを紹介する。

*ウルグアイ、コスタリカ、チリといった世界で最も強力な民主主義国家があるが、これ

らの国がこの地域の総人口に占める割合はわずか4%で、一方で,この地域の人口の

45%は、ハイブリッド政権か権威主義政権の国に住んでいる。

*中米とカリブ海諸国は、2018年から一貫してスコアの低下を記録したが、これは主にメ

キシコとニカラグアの動向に起因しており、後者は2018年に独裁体制に転じ、前者は2021年にハイブリッド体制に格下げされることになった。

*ルーラ大統領就任の1週間後、ボルソナロ氏の支持者数千人が大統領府、議会、最高裁を襲撃した。ブラジルの民主主義制度は、選挙の完全性を疑問視したボルソナロ氏とその強硬な支持者たちからの攻撃に耐えたが、ボルソナロ氏の支持者による政治的暴力の行

使や軍事クーデターの要求は、ブラジルの民主主義の将来に対するリスクを示している。

*大統領選におけるペトロ氏の勝利は、コロンビア初の左派大統領となった画期的な出来事だった。25年ぶりの高投票率もペトロ氏の正当性を後押しした。ペトロ氏のプラグマティズムは、中道政党が連立政権に参加する道を開き、議会で多数を占め、野心的な左翼の改革課題の中で統治能力を確保できるようになった。

*チリの憲法改正の新しいプロセスは、最初のプロセスの制度設計の欠陥を修正し、新しい憲法改正プロセスで変更できない規範を定義しており、チリ国民の大多数が支持している。国家能力の弱さが民主主義を弱体化させる恐れがあり、 国家能力の弱さは、この地域の政府の機能と政治文化に関連するスコアが低い主な原因である。

*国家能力が弱体化している最も極端なケースはハイチで、2022年にこの地域で最もスコアが急落し(世界的にはワースト3)、国家の完全崩壊が間近に迫っている。ハイチは、2021年7月に前大統領のジョベネル・モイーズが暗殺された余波がまだ残っている。暫定首相のアリエル・アンリは、国の一部に対する国家の統制を再び確立することに失敗し、多くは麻薬密売ネットワークにつながる重武装ギャングに地歩を譲っている。ヘンリー大臣はまた、選挙を実施することができず、その結果、スコアが大幅に低下した。

*2022年に麻薬密売の悪影響を受けた地域の国のひとつがエクアドルである。11月、同国では、過密状態にある刑務所での麻薬関連の暴力を減らそうとする政府の取り組みに抗議する麻薬ギャングによる暴力事件が相次いで発生した。大統領のギジェルモ・ラッソは、影響を受けた地域に45日間の非常事態宣言を導入した。

*ホンジュラスでは、シオマラ・カストロ大統領が、国内の強力なギャングによる横行する恐喝に対処するため、主要都市で30日間の非常事態宣言を導入した。犯罪率の上昇に対処するための強権的な措置は、権威主義が忍び寄る危険性を高めている。

*2022年12月7日、ペルーのペドロ・カスティーヨ大統領(2021年就任)は、議会の閉鎖、早期立法府選挙の実施、政令による統治、司法の再編、夜間外出禁止令などの方針を突然表明したが、発表から数時間後、議会はカスティーヨ大統領を解任し、亡命先のメキシコ大使館に向かうカスティーヨ氏は拘束された。カスティーリョ氏のクーデター失敗の結果、後任としてディナ・ボルアルテ副大統領は、クーデターが失敗した日に大統領に就任し、ペルー初の女性大統領となった。

*エルサルバドルのブケレ大統領は最高裁の裁判官を総入れ替えするなど、チェックアンドバランスを弱体化させ、2022年、憲法の制限にもかかわらず連続再選を目指すと発表し、最高裁はこれを容認した。2022年3月、ブケレ氏は非常事態を導入し、市民の自由を著しく制限し、人口の約1%がギャングメンバーであるとの疑いで投獄した。

*メキシコでも、ロペス・オブラドール大統領のもとで民主主義の後退が進行している。同氏は選挙当局を含む反対派を攻撃している。2022年、政府は選挙管理局の資金調達を減らし、その監視権限を制限する改革を可決し、選挙の完全性を危険にさらした。メディアの自由も深刻な脅威にさらされている。2022年には少なくとも13人のジャーナリストが殺害され、メキシコの情報機関は日常的にジャーナリストや活動家を監視している。公務における軍の役割は大きく拡大した。政府は、2028年まで国家警備隊を管理することを含め、経済や治安に対する軍の役割を拡大する意向だ。その結果、2021年に続き、2022年にもメキシコの総合スコアはさらに低下した。

以    上