半田知雄(1906~96年)という、少年時代に家族とともにブラジルに移住し、画家として移民知識人として生きた一人の移民の思想と活動を、丹念に一次資料も駆使し跡付け考察することによって、ブラジル日系社会の歴史において「移民史」の記述の過程と言説を検討し、移民自身による生きた移民史を描き出した日系ブラジル移民史の叙述の更新に貢献すると言ってよい労作。著者は1985年サンパウロ生まれのイタリア系ブラジル人。サンパウロ大学で歴史学を学び、大阪大学大学院で日本人移民史研究を続け、日本語で纏めた博士論文に加筆したのが本書である。
半田の生涯を追いその知的活動を述べ、日系ブラジル社会の在り方と歴史を多面的に考察した多くの論考の中で日本人移民研究の代表的な著作と高く評価されている『移民の生活の歴史 -ブラジル日系人の歩んだ道』(1970年初版、サンパウロ人文科学研究所・家の光協会刊)の構成と成立過程、日系社会の歴史をめぐる記述、移民の生活の情景などを題材に数多くの絵画を残した半田の移民絵画論、第二次世界大戦と敗戦後の経験、記憶、残滓を踏まえて新たな歴史の誕生、半田の文化伝承・言語・移民心理の思想を考察し、おわりに半田が理解不能な存在と言う日本移民の理解に本書が役立てば無上の喜びと締め括っている。
〔桜井 敏浩〕
(大阪大学出版会 2022年12月 318頁 5,500円+税 ISBN978-4-87259-759-2)
〔『ラテンアメリカ時報』 2023年春号(No.1442)より〕