1930年にドミニカの支配者に就き61年まで、軍や秘密警察を使って恐怖政治を行い、ポピュリズム手法の施策やメディアを使って民衆を操縦し、農場や企業、経済利権を一族で支配してきたトゥルヒーリョ元帥のまさに暗殺されるその日と、14 歳の身を好色な独裁者への生け贄に差し出された政府高官の娘が、ドミニカを脱出後35年後にして初めて帰国して自分を暴君に捧げた父との対峙を軸に、30余年の間に起きた事象を交互に、一人の男、一族に長期間の独裁を可能ならしめた巧みな手法、冷徹かつ残酷な政治権力の構造、独裁者がテロによって葬り去られた後、忠臣で飾り大統領であったバラゲールが、トゥルヒーリョ一族に金を与えて国外に退去させ、巧みに民主的政府への体裁に転換させていく政治変化に至るまでを、ある章では異なる語り手の口を替え、時点と視点を巧みに移行させて語った長編小説。
独裁者の姿、権力の実態を、ある意味では敬虔なカトリック教徒でありながら、世俗的欲望が強く、政権維持に必要なら残酷な暴力行使を躊躇せず、人を見る直感力に優れ、忠誠を誓う取り巻きたちを競争させ、疑心暗鬼に貶めてテストする能力、“ 決して汗をかかない” 清潔さとダンディズムを重んじ従者にも強要する一方で、ドミニカのダンス音楽メレンゲとダンスといったような瞬間的な享楽を楽しみ、次々に美しい人妻や生娘を相手に性欲の捌け口にする(原題のChivoとは、強靱な精力の象徴の意味でも使われる牡山羊の意味)、ラテンアメリカの独裁者の心理と行動を巧みに描いていて、分厚い大作ながら一気に読ませる。
(作品社 2011年1月 538頁 3800円+税)
『ラテンアメリカ時報』2011年夏号(No.1395)より