世界の異常気象をもたらすものとして注目されているエルニーニョ、それは何も近年始まったことではなく、実は大昔から数年毎に頻繁に起きていた事象であり、世界史の様々な局面でエルニーニョの影響が史実を左右する重要な鍵になっていたこと解明されてきた。著者は、農林関係の政府金融機関勤務という本業の傍ら、気象予報士の資格も取り長く気象面から歴史を研究してきた。
本書では、16世紀のピサロのインカ帝国征服、イースター島等南太平洋での人の移動から始まり、1973〜74年の世界食糧危機とペルー沿岸の鰯漁に壊滅的打撃を与えたことなど、現代に至る歴史上の出来事がエルニーニョによって事の展開が左右され、引き起こされたことを、海流や降雨など気象面から詳細に解説している。ピサロのインカ帝国征服が第1次、2次はパナマからの南下航海が逆風と北上するペルー海流(フンボルト海流)に阻まれて遅々と進めなかったのに、第3 次遠征では、現在のエクアドル海岸に到達し、皇帝アタワルパを生け捕りにすることでインカを滅亡に追い込んだのは、この年のエルニーニョがもたらした幸運である。また、イースター島が南太平洋に孤立していながら、南米やポリネシアとの行き来があったのも、エルニーニョによる南太平洋の海流と風の変化が遠距離の航行を可能にしたということで説明がつく。
あらためてエルニーニョの発生という気象現象から解明すると、如何に異常気象が文明史を左右してきたかがよく分かり、500年間の世界史を新たな視点からみることが出来る。
同じ著者・出版社による、人類の出アフリカから古代文明、中世・近世から19世紀に至る8万年の歴史が、気象変動に因って動かされたかを述べた『気候文明史 世界を変えた8万年の攻防』(2010年2月)と併せ読むと、より興味深い。
(日本経済新聞出版社 2011年8月 242頁 2000円+税)
『ラテンアメリカ時報』2011年秋号(No.1396)より