『米州救出 ラテンアメリカの危険な衰退と米国の憂鬱』 アンドレス・オッペンハイマー 渡邊尚人訳 - 一般社団法人 ラテンアメリカ協会

『米州救出 ラテンアメリカの危険な衰退と米国の憂鬱』 アンドレス・オッペンハイマー 渡邊尚人訳


ラテンアメリカ関係者であれば、オッペンハイマーの名前は耳にしたことがあるであろう。マイアミ・ヘラルド紙のオッペンハイマー・レポートは、米国から見たラテンアメリカ(以下「ラ米」)につき洞察力ある見解が表明される人気コラムである。同レポートは、米州の新聞60紙に転載され、同氏のテレビ番組は、米州で幅広く視聴されている。

同氏は、1987年にイラン・コントラ・ゲートを暴いた同紙チームの一員としてピューリッツアー賞を受賞、93年にはフォーブス誌世界の最重要ジャーナリスト500名に選ばれ、また、『カストロ最後の時間』等数多くの著作により、海外プレスクラブ賞等を受賞している。同氏は、現在、米州メデイア界最大のオピニオン・リーダーである。

本書は、オッペンハイマー・レポートの源であり、2008年出版のベストセラー“SAVING THE AMERICAS”英語版の初の邦訳である。同氏の米州に関する複眼的視点から、3年にわたるラ米、アジア、欧州諸国等10ケ国の旅行取材と膨大な資料に基づき執筆された圧倒的な内容をもつ著作である。

本書の中では、急激に台頭しつつあるアジア、東欧等新興国の奇跡の進歩とその競争努力を紹介し、これに比べ、投資家を追い払い、世界で最も暴力的な地域と言われ、非効率な大学教育を持つラ米の遅れを指摘しつつ、原材料輸出からの脱却を図り、より早期に繁栄するためにEU型の超国家的道をも大胆に提案している。また、米国が軍事戦略上重要性の下がったラ米に無関心となり、援助よりも貿易を中心に対応し、チャベス大統領等の反米ポピュリズムの台頭を許したとし、ブッシュ前政権のお粗末な外交に警鐘を鳴らし、新しい進歩の同盟計画等ラ米とのより大きな経済文化的絆構築を提案している。さらにラ米の内政・外交、大統領選挙の裏事情等につき興味深い逸話、ユーモアを交え執筆している。

米州の現状は、同氏が本書で指摘したとおりの状況が続いている。石油価格高騰に勢いを得たチャベス大統領率いる反米同盟ALBAの急進化、南米の巨人ブラジルの指導力増大、構造的な政治的麻痺を内包するメキシコ、中・韓の目覚ましい進出、未だラ米との関係強化ができていない米国。しかしブラジル、チリ、ペルー、ウルグアイ等では、責任ある経済運営、長期的安定、野心的社会計画を追及する左派、中道左派政権が発足し、前途への希望も見える。

ラ米は、これまでネガティヴなイメージでとらえられてきたが、世界最大の米国市場に隣接するがゆえにアジアや東欧諸国と同様、イデオロギーを離れた実用主義に導かれ、貧困を削減し、生活水準を向上させ、一夜にして経済社会的成功物語を作り得るのである。

本書が、ラ米研究の一助となり、資源エネルギー、環境、非核、人間の安保、国連等の分野で今後世界をリードしうるラ米についての読者の関心を惹起し、日本がこの地域にさらに積極的に関与すべき時が来ていることにつき、日本国内の認識を新たにすることとなれば望外の喜びである。

なお、ラテン・アメリカ協会の会員専用Web サイトでは、新着情報として毎週最新のオッペンハイマー・レポート日本語要約を配信している。
〔渡邉  尚人〕

(時事通信社出版局  2011年7月  355頁  2,800円+税)

『ラテンアメリカ時報』2011年秋号(No.1396)より