1970~73年の短期間だったがチリのアジェンデ政権は、コンピューターを用いて国中の経済データを収集して、環境の変化に政府が即応する意思決定支援のためのリアルタイム制御システムを構築した。チリでは貧弱な技術資源でも学際的なコミュニケーションと制御の科学であるサイバネティックスによって、最先端のシステムを作れると考えていたのである。本書はラテンアメリカの構造変化の中で、技術と政治がどのように結びついたか、なぜ「サイバーシン計画」の関係者がアジェンデの既存の民主主義制度の枠内で重要産業の国家管理、国富の再分配実現の変革を起こすための基軸としてコンピューター・通信技術に注目したかを明らかにしようとしたものである。
社会主義、生産闘争におけるサイバネティックスから説き起こし、チリにおけるネットワークの設計、構築を辿り、アジェンデ政権の危機となった1972年10月のトラックオーナーのストライキに因る必需品流通の維持のためにテレックス・ネットワークを用いたサイバーシン計画は危機管理の成功例となり、結果的には政権の存続につながったが、社会主義体制維持のための手段と反発する右派からの攻撃、コンピューター技術がチリの自由、労働者参加を促進するのではなく権利を奪うという主張などが対立し、政治問題化していった。
1973年の軍事クーデターで政権は潰え「サイバーシン計画」の作業を中止されたのだが、チリの歴史の一駒としてアジェンデのチリ流社会主義実現に向けての活動とその最終的蹉跌に至るまでの「技術」と「政治」「社会」の関係を、「サイバーシン計画」を軸に分析した。これまでのアジェンデ政権の政策と軍事クーデターの顛末を描いた多くの文献とは、全く異なる視点から描いた現代史の秘話。
〔桜井 敏浩〕
(大黒岳彦訳 青土社 2022年11月 603頁 5,400円+税 ISBN978-4-7917-7512-5)
〔『ラテンアメリカ時報』 2023年夏号(No.1443)より〕