主人公は人権擁護の監視に携わるカトリック系団体に頼まれ、ある国の軍隊が行った先住民の大規模な虐殺の大部な報告書の校正を請け負ったが、そこには先住民に対する虐殺、拷問、生き残った者の悲痛な証言にあふれ、次第に主人公も“これの精神は正常ではない”状態に陥ってくる。やがて“虐殺者の影”が見え隠れするように見えてきて、身の危険を感じるようになる。
本書にはこの舞台となった国名はまったく出されていないが、グアテマラの内戦時代(1961〜96年)の1970年代から80年代前半にかけての約5年間に、それまでのイデオロギー対立からマヤ民族に対するジェノサイドへと性格が変わった時期に行われた国の支配者と軍部による大量虐殺、拷問、村落破壊やそれを指弾するする者達の暗殺などの証言記録を纏めた『歴史的記憶の回復プロジェクト』(“REMHI”レポート。日本語訳『グアテマラ虐殺の記憶−真実と和解を求めて』岩波書店 2000年)を題材としている。虐殺の当事者ではない校閲者の主人公が、報告書により次第に偏執の度合いを含め、現実なのか妄想なのか判然としなくなる様を描きながら、先住民虐殺の恐怖と苦痛を読む者に伝えている。
著者はエルサルバドル人で、メキシコでジャーナリストの仕事をした後米国アイオワ大学の教授になった小説家。自身も軍部が実質支配したエルサルバドルから亡命した経験がある。
(白水社2012年8月163頁1900円+税)