著者はメキシコシティで高名な哲学者の息子として1956年に生まれ、旧東独メキシコ大使館勤務、ジャーナリストを経て小説、戯曲、時事評論、文化論、児童文学まで手がける作家。原書初版は2004年。
フランスの大学に勤務していたメキシコ人文学研究者バルディビエソは、在外研究休暇を得て2000年にメキシコシティに入り、親族の地方農園と行き来する暮らしを始め、メキシコ革命の動乱期に33歳の生涯を閉じた国民的詩人ラモン・ロペス・ベラルデの調査と、革命後の反教会政策に反発し蜂起したカトリック教徒の宗教内戦をテレビドラマの脚本のための調べを開始する。しかし、このテーマの裏には様々な陣営の利害や謀略が潜んでいて、政権交代を機にカトリック教会の復権の機運、ベラルデを列聖しようと画策する地方神父、歴史テレビドラマで高視聴率を稼ぎ、恋人を女優として売り込みたいかつてのクラスメート、PRIの長期一党独裁にともなう腐敗に乗じて勢力拡大抗争を拡大させつつある複数の麻薬マフィアとそれを題材に書こうとする売れっ子作家、一族の文献や農場を整理したいと願っている農園主のおじ、過去の因縁を掘り起こしフリオを操ろうとする旧友など、無数の思惑がフリオと周囲に混沌と暴力をもたらす。24年前にメキシコを離れる原因となった初恋の従妹の愛の記憶も繰り返し甦るという展開が、読者を迷路に迷い込ませる。
政権交代という転換期を題材に、新たに麻薬マフィアの台頭などの例に「メキシコとは何か」という問いをあらためて惹起し、ベラルデの行き方とその詩をどう解釈するかも「メキシコ革命とは何だったのか」とその多面性を提示したものだということを、巻末の「訳者あとがき」は指摘している。
〔桜井 敏浩〕
(山辺 弦訳 水声社 2023年7月 597頁 4,000円+税 ISBN978-4-8010-0745-1)