著者の小・中学生時代の8年間、父はチリで鉄鉱石や銅の資源調査に従事し長く不在だった。現場はチリ北部の高地アタカマ砂漠だった。父は鉱山地質技師としての仕事関係のみならず、チリでの日常生活、ペルー紀行、動物・鳥類の博物誌などの沢山の手記と手紙を遺した。研究者として博士号論文を執筆中に、妻(著者の母)の実家の経済的事情で研究者への道を一旦諦めて三菱鉱業に入社し、戦時中は軍属としてインドネシアでの石油確保に従事、戦後は中南米に度々長期の出張をした父の経歴を前半で述べ、後半は著者が父の足跡を辿ってチリ、メキシコ等を訪ね、父の現地事情と生活についての実に詳細な手記、熱心に取り組んだ業務活動とその結果として始まった三菱鉱業・三菱商事出資の鉄鉱石生産・輸出などを紹介する。さらに天国にいる父への手紙―超時空交信―の形で、メキシコの壁画運動の歴史、チリの自然、アジェンデ大統領の議会を通じた社会主義政権の誕生からその政策、軍事クーデターと軍政の17年、その後の民族と格差の諸問題などについても取り上げる。
父が遺した中南米についての考察や所見を娘の目からとらえ直し、チリでの日本の鉱山技師たちの活動を追うことで、自身の見聞、中南米観を述べた充実した内容の日本とチリの昭和の関係史になっている。
〔桜井 敏浩〕
(新評論 2023年12月 251頁 2,400円+税 ISBN978-4-7948-1253-7)
〔『ラテンアメリカ時報』2024年春号(No.1446)より〕